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集合住宅

蛇の道はheavyだぜ

横光利一 春は馬車に乗って 感想文

「春は馬車に乗って」の魅力を三点にまとめるとしたら

①余裕と冷静さを失っていく夫の変化

②夫婦の関係性の変化

③スイトピーがもたらす効果

 

であると私は考えている。

 

最初の場面で印象的なシーンがある。妻が松を見ているとき、夫は亀を見ている場面だ。同じ景色を見ているのに違うものを見ている二人の関係性にも触れられているかのように感じられる。

この頃の夫はこう考えていた。

『彼は自分に向って次ぎ次ぎに来る苦痛の波を避けようと思ったことはまだなかった。(中略)彼は苦痛を、譬えば砂糖を甜める舌のように、あらゆる感覚の眼を光らせて吟味しながら甜め尽してやろうと決心した。そうして最後に、どの味が美味かったか。――俺の身体は一本のフラスコだ。何ものよりも、先ず透明でなければならぬ。と彼は考えた。』

自らの苦痛に対してどこか客観的なような、苦痛を味わい尽くそうというような余裕すら感じられる。

 

場面が変わり、夫は妻の好物の鳥の臓物を探しに行く。私は最初読んだとき鳥の臓物など病人が食べる物として思い浮かばないので驚いた。血生臭く、野性味と「生」に溢れたものに対して、妻は食べたくて仕方がないという「食欲」を見せている。

妻は「あなたは私のことなどどうでもいいのだ」「仕事のほうが大事なのだ」といった嫌味を口にする。そんな妻の嫌味に対して時折夫は逆襲しようとする。感情的でありながら、病人特有の聡明さで核心をついてくる妻に対して、夫は冷静かつ論理的に相手を論破しようとする。

病床に臥せる妻に他のものは何もなく、夫しかいないのである。だから少しでもぞんざいに扱われたように感じると不平を言いたくなるのだ。しかし夫は妻の「檻の中の理論」を理解することが出来ない。

確かに二人が生活していくためには現実的にお金が必要であり、そのお金を稼ぐためには夫は働かなければならない。夫は妻のいる内側の世界と、自分がお金を稼いだり社会的地位のある外側の世界とどちらにも身を置いている。他のものがない妻にとって、夫が外側の世界を逃げ道や息抜きに使っているように感じられ、夫の冷静な態度に対しても苛立ちを覚えている。

 

臓物を食べたくて仕方がなかった描写から一転して、妻は臓物を食べたがらなくなり、それよりも聖書を読んで欲しいとリクエストするようになる。相変わらず妻は夫に対して嫌味を言い続けている。それに対して夫は、妻が元気だった頃に受けた嫉妬よりも病人から発せられる言葉のほうがやわらかで、今のほうが幸福ではないかと現在の生活に「余裕」を見出す。その笑みを妻は見逃さず、「いいわ、あたし、あなたが何ぜ笑ったのかちゃんと知ってるんですもの」と苦々しそうな態度で口にする。

 

そんな「余裕で冷静な態度の夫」と「それに対していらだちを隠せない妻」の関係性に変化が見られるようになる。

妻の看病と寝不足、そして看病にかかるほどに仕事ができなくなり、治療費や生活に困るといった現実が夫を疲弊させていく。

 

『「あなた、もっと、強く擦ってよ、あなたは、どうしてそう面倒臭がりになったのでしょう。もとはそうじゃなかったわ。もっと親切に、あたしのお腹を擦って下さったわ。それだのに、この頃は、ああ痛、ああ痛」と彼女は云った。
「俺もだんだん疲れて来た。もう直ぐ、俺も参るだろう。そうしたら、二人がここで呑気に寝転んでいようじゃないか」
 すると、彼女は急に静になって、床の下から鳴き出した虫のような憐れな声で呟いた。
「あたし、もうあなたにさんざ我ままを云ったわね。もうあたし、これでいつ死んだっていいわ。あたし満足よ。あなた、もう寝て頂戴な。あたし我慢をしているから」
 彼はそう云われると、不覚にも涙が出て来て、撫でてる腹の手を休める気がしなくなった。』

 

ここで、夫が今まで見せていた余裕の仮面が剥がれる。冷静さと余裕の仮面が剥がれた夫の姿を見て妻もまた態度を軟化させるようになる。

撫でる手を止められなくなっている夫の、優しさが描写されている。

 

次の場面では、医師に「妻はもう長くない」と宣告される。それを聞いた夫は酷くショックを受け、乱れた心を整えてから妻の元に戻る。

その時に妻は黙って夫の顔を見つめ、

『「あなた、泣いていたのね」と妻は云った。』


序盤に見せていた夫の余裕のある態度は崩れ、跡形もない。泣いていたことに気づく妻が美しい。私はこの一文がとても好きだ。


『――もう直ぐ、二人の間の扉は閉められるのだ。
 ――しかし、彼女も俺も、もうどちらもお互に与えるものは与えてしまった。今は残っているものは何物もない。』

夫は以前のような態度を取ることはなくなり、妻の言うことに対して機械的に動くようになる。そして妻は「死」を受け入れた日々を送り、夫への遺言を書き、自分が死んだ後の骨はどこに行くのだろうかと考えるようになる。夫は救いを求めるかのように、あるいは答えを明言するのを避けるように聖書を読み上げる。

二人は完全に死の準備をしていた。

 

そんな中で知人からスイトピーが届く。

『或る日、彼の所へ、知人から思わぬスイトピーの花束が岬を廻って届けられた。
 長らく寒風にさびれ続けた家の中に、初めて早春が匂やかに訪れて来たのである。
 彼は花粉にまみれた手で花束を捧げるように持ちながら、妻の部屋へ這入っていった。
「とうとう、春がやって来た」
「まア、綺麗だわね」と妻は云うと、頬笑みながら痩せ衰えた手を花の方へ差し出した。
「これは実に綺麗じゃないか」
「どこから来たの」
「この花は馬車に乗って、海の岸を真っ先きに春を撒き撒きやって来たのさ」
 妻は彼から花束を受けると両手で胸いっぱいに抱きしめた。そうして、彼女はその明るい花束の中へ蒼ざめた顔を埋めると、恍惚として眼を閉じた。』

 

死を受け入れ暗く沈んだ二人の家に「春」が届けられ、場面は少しだけ暖かく、明るい雰囲気になる。花束では悲しい現実は変えられないし、死にゆく妻の現状は何一つとして変わらないかもしれない。しかし会話文だけでこの二人のほころんだ表情が目に浮かぶようである。冬の描写が長く続いていたところに「春」が届けられることによって読み手に小さな救いを感じさせる。また、こういった鮮やかな場面の変化は、私の好きな作品である芥川龍之介の短編小説「蜜柑」にも通じた点があるように思う。

 

冷静であろうとしていた夫が冷静ではなくなり、夫が守ろうとしている仮面が壊れていく過程が丁寧に描かれており、また死にゆくことで絆を深めていく二人の関係性も自然に描かれている。

教室

(まず最初に近況報告をすると、就職が決まり先日大学を卒業しました。

地元での就職が決まり、現在実家にいます。春からは社会人です。

実家の掃除中、高校生の時に書いた落書きが発掘されたので、懐かしいから書いておきます。特に大したことが書いているわけではありませんが、当時の自分でないと書けない文章かなあと思います。)

 

 

私の言葉はあぶくのようだ。

『この文章はおしいです。必要な単語が一つ抜けています。』と先生に言われた。

私は少し考えた後、differentの後にfromが必要だったのだろうかと思った。

『フロム』と自信なさげに小さな声で呟いた。先生はそれでもdifferentの後の言葉が足りないと言った。

『フロム』とまた自信なさげに、さっきよりももっと小さな声で呟いた。

もしかしたら、fromではなくて別の答えなんじゃないだろうか。だから私の答えに何も言わずに、望む答えを待って問い続けているのだろうか。ならその答えはなんだろう。もしかしたら私は二度も違う答えを言ったんだろうか。

このまま黙り続けて別の人にあててくれたらいいと思うが、この女教師がそういうことをしないのは私がよくわかっていた。

でも私にはfrom以外の答えが見つからなかった。もしかしたら先生に聞こえていないのかもと思ったが、間違った答えを連呼することになるのだとしたら恥ずかしくて出来ない。

女教師の問い続ける言葉と教室の沈黙が私の声を奪っていく。

そして彼女は『differentの続きは……』と言って、黒板に『f』と『r』を書いた。

fromだと私はわかった。そして私は間違った答えを言っていたわけではなく、ただ自分の声が聞こえていなかっただけだと気付いた。

でも、私はちゃんと答えた。どうして二回言ったのに相手には届かなかったんだろう。八つ当たりに近い怒りと、もしこれで答えたらヒントを出してようやくわかったように思われるような気がして、あえてしばらく黙っていた。

それにいくら私が馬鹿とはいえ、親切すぎるヒントにも腹を立てていた。

 

私の言葉はあぶくのようだと言うひどく感傷的でロマンチックな言葉が頭によぎった。

女教師には聞こえていなくても誰か、私の近くに座っている人が気づいてくれて『稲森さんはちゃんと答えていました』と言ってくれるのを期待した。

でも私の声は聞こえていなかった。

私がちゃんと言ったつもりだったfromは、本当は自分にだけ聞こえる幻聴で、元から声など発していなかったんだろうかと思った。

その時隣の席の女子の笑いをこらえる声が聞こえた。その女子は誰かとよく授業中に話す人なので、もしかしたら会話の内容を笑っていたのかもしれない。

しかしあの閉塞感のある教室の中にいた私は、『あいつは女教師があそこまでのヒントを出しているのに、答えがわかってないと思ったのではないか』と思い苛立った。

観念して『フロム』と教室を切り裂くような鋭い声で言った。

その言葉はもちろん女教師に届いた。

 

言った後で私は思った。最初に言った時、私はその答えをちゃんとわかっているわけではなかった。ただなんとなくそう思っただけで、その答えに自信がなかった。それでいて私は、教室の中で間違え続ける勇気もなかった。

だから周りをはばかるような声でフロムと言ったのではなかったか。私がはっきり答えていたなら、こんなことにはならなかった。

私はちゃんと答えていなかった。それなのに私は『ちゃんと答えたのに』とへそを曲げた。そんなくだらない自尊心で黙りこくった私を彼女は嘲笑したのではないか。

そんな卑屈な気持ちにさいなまれる。私の言葉はあぶくのようだ。『フロム』を泡にしたのは先生なのか。それとも私の臆病な自尊心と尊大な羞恥心なのか。

私の最も美しい一日のこと 2

ナゾのパラダイスに一人で行った後、車で母方の祖母を迎えに行った。そして家族四人で蟹を食べに行った。

うちはやたらと蟹が好きな家で、贅沢と言えば蟹!というようなところがある。

祖父の告別式の日、本来は父と母は、父の勤め先の慰安旅行で香住へ蟹を食べに行く予定だった。しかし、祖父の突然の訃報のため、キャンセルせざるを得なかった。仕方がないことであるが、それでも蟹にどこか後ろ髪をひかれていたらしい。今日なら雫も帰ってくるし、人からいいところを教えてもらったからということで父が店を予約してくれたのだ。

その店は普段は旅館をしているが、蟹のシーズンである1月から3月にかけては旅館を休止して蟹料理を振る舞っている。日本海から生きたままの蟹を仕入れて、それを食べさせてくれるのだ。
部屋も広くて雰囲気のある個室を用意してくれて、女将さんがついててくれて、蟹を絶妙のタイミングで食べさせてくれる。彼女は常に蟹の具合をさながら万引きGメンかのように注視していて、蟹に火が通りすぎないようにしてくれる。だから焼きすぎたりせず美味しい状態の蟹を食べられる。それでいてこの人がいることになんの違和感もない。不思議な魅力がある。

蟹が美味しいことと、居心地のよい雰囲気もあって、私たちは色々な話をした。

「周りの人の親が死んでも、どこか自分の親だけは死なないような感覚があって、いまだに自分の親父が死んだことに実感が沸かない。もし親に何か大病があったりしたら、こちらも心構えができて死後の色々な処理も事前に考えられたけど、突然の死だと一気にそれをやらなくてはいけなくなる。」
「でもどっちの方がいいとも言えないよね。母方のおじいちゃんは胃がんで亡くなったけど、苦しんで生きているのを見るのも辛いし、でも死んでしまったら楽になれてよかったって思いもあるけどやっぱり悲しいし、複雑だもの。父方のおじいちゃんはトラクターの下敷きになって、別に苦しまずに死んだわけではないけど、でも病気で苦しむよりは楽だったんじゃないかな・・」
「突然死は本人はよくても、身内が辛いんだよ。突然だから気持ちの整理もつかないし。」

というような祖父の死の話や、祖父が亡くなった後の父方の祖母の話をした。
祖父が亡くなったら祖母は車の免許も持っていないし、どうしているのか。一人で寂しくしていないかと聞いたら、伯父と伯母と買い物に行ったり、一緒に晩御飯を食べたりしているらしく、あの二人が親切にしてくれているのだとわかった。
あと父と母が買っているお墓の維持費は私が払うつもりだという旨を伝えたり、母方の祖母が死んだ後に家をつぶして更地にする際に、離縁して行方不明の先妻の息子(家の権利が16分の1あるらしい)に遺産放棄の書類を書いてもらわないと何もできないから自分が死ぬ前に見つけたいという話だとか、なんだか死に関することばかり話していたように思う。蟹を食べて無言になっては死の話。
普段からそんな話をすることが多いわけではないけれど、どうしてだか心が落ち着くところがあった。

自分の親だけは死なない感覚があるという父の言葉の気持ちがわかる。とてもよくわかる。でも父も母も祖母もきっと私より先に死ぬのだ。知っている。呪いの言葉だ。現に父を亡くした父と、父を亡くした母がここにいるのだ。証明されている。だからこそ今日の日のことは大切にしたいなと思った。

祖母は何度も「来年も生きていたらここに来たい」と言う。祖母は私が幼い時から死ぬ死ぬ詐欺を繰り返している。もっと言えば母が幼いころからずっと死ぬ死ぬ詐欺を繰り返している。「私北海道に行くために飛行機に乗るけど、もし墜落したら降りてくる保険金で楽しく暮らしてね」なんてそんなことばかり言うのだ。死ぬ死ぬといいながら、それなりに長生きしてボケずに今日まで生きている。だからきっと来年もまた蟹を一緒に食べられると思う。


「今日2月25日、国立の前期試験の日よね。Zちゃん、受かっているかしら。」と祖母が言った。
私は祖母がそう言ったことで初めて今日が前期試験の日であることを知った。
「そうだね、どうだったんだろう。」
「お前、Zちゃんとは連絡を取っていないのか」と父が問うてきた。
「二浪が決まってから全然何も連絡とってない。あえて言ってこないのかもしれないのに、こちらが踏み込んで聞くことなんて出来ないよ。ちゃんと時が来たらきっと向こうから教えてくれるもの。」
「じゃあ何も知らないんか。もうお前はZちゃんと友達じゃないんだな。」父は切り捨てるように言った。
「そんなことはないよ。」私は反駁した。
「女の子同士だから気を使いあうし聞けないこともあるわよ。デリケートなことなんだから。」と母が加勢する。
「男とか女とか関係ない。もしZちゃんが三浪するにしても、医学部を諦めるにしても、それを相談できる相手はいるのか。もしZちゃんが良くない状態だったとしたら、親にも相談できないで一人で悩んでいるんじゃないか。もっとも、雫よりも仲の良い友達がいてそれを相談できるんなら別だけど。」
「そんな子いるわけがない。」もし大学生になってから新たな友達ができたとしたら別だけど、予備校でそんな友達と出会えるようには思わなかった。それに、同窓会で再会した友人たちは誰も彼女の今後を知らなかったし、心配していた。

彼女の二浪が決まった時を思い出した。親に言うのが辛いって言ってたのを思い出した。今もまた同じことになっているのかもしれない。でも、今日なら聞ける。今日は前期試験の日なのだから、今日はどうだったかって聞けばいいんだ。そう思い、家に帰った後久しぶりに彼女にメールを送ることを決めた。


彼女にメールを送ろうと文面を悩んでいた。聞きたいことはいっぱいあるけど、何を書いていいか分からなかった。
彼女がどういう状態なのか全くわからない。故にすべての可能性を想定してその上でどの場合でも彼女を傷つけないような内容を送らなくてはいけない。落ちているという想定で文章を送るのは失礼だし、受かっている想定で文章を送るのも、相手にとって負担になるかもしれない。「お久しぶりです。雫です。」という一文を書いたまま続きを書いては消してを繰り返している。
私が彼女に言いたいことは何だ。二年間頑張ったねとか?頑張ったことだけを褒めてどうする。こういうものは結果があってその上で頑張ったことを評価するものだろう。Zはそこをきっとわかっているもの。そこだけを評価したって駄目だし偉そうだ。何も頑張っていない私が何を言っているのだ。
私がZに伝えたいことってなんだ。やりたいことがあってそのために頑張ることが出来て、そんなZは私にとっては眩しくてかっこよくて特別で、尊敬して、そんなあなたのことが誇り・・・だとか?一年もやりとりしてないのにいきなりそういうの送るの気持ち悪くないか。考えろ、無い知恵絞って考えろ。私は全然優しい子じゃないけれども、今だけは地球上で最も優しい文章を考えなくてはいけないのだ。すべての可能性に対して優しい文章を考えなくてはいけないのだ。今こそ文学部の学生として学んだことを活かすべきではないのか。

父がチラリと私の携帯を見て「あんまり長い文章をいきなり送るとキモいぞ」と釘を差した。
冷静になる。何この文章キモい。きっとこれはあれだ。深夜のテンションで溢れる思いを書いちゃってるやつだ。

観念して私はgoogleで「浪人生 励まし メール」で検索をした。ああ、私は何をやっているのだろう。本当に一番伝えたい人に対して、考えることを放棄して、安易に検索している。これでも一応文学部の学生なのに、何を学んできたのだろう。自己嫌悪する。
浪人生に送ってはいけないNGワードなんかを見ていて、その中の「浪人生は孤独との戦いです。」という一文が目を引いた。
「浪人生は孤独との戦いです」
そうだ、Zちゃんは孤独にずっと戦っていたのだ。近況について何も聞かなくてもよかったんだ。センターの前日だとかにたった一言頑張ってねのメールを送っていたら、彼女の心を暖めることができたんじゃないか。何をやっても追い詰めてしまうんじゃないかとか、何も頑張っていない私が何を言ってもダメなんじゃないかとか、そうやって彼女から逃避していたのは私で、その行為が結果彼女を孤独にしてしまったんじゃないのか。私は自分の二年間を振り返った。安穏と、何の疑問も持たない子豚ちゃんみたいな目をして過ごした自分の二年間は、彼女にとっては苦しい孤独の二年間だったのだ。取り返しもつかないことを私はしたのだ。私はずっと間違っていたんだ。彼女の二年間を想像した。
「センターはどうでしたか」という文章を書いた後、ああだめだ、こんな直接的な言葉を使って聞いてしまってはいけないと削除する。私は彼女に何を聞きたいんだろう。私は彼女に何を言いたいんだろう。どんどんどんどん文章だけは長くなるのにこの言葉の中に私の気持ちがない。補足しようとしてさらに付け足していけばよりもっと私の本当に伝えたいことと離れていく。私の文章では本当に伝えたいことを伝えられないのだと思うと悔しくて、なぜだか涙が出てしまった。
(私には本来の問題から乖離させて自分の中の問題にすり替えて思い悩んでしまう悪癖がある)

ずっとメールを打つことを考えていたけれども、「もうメールをやめて、電話をかけてみようか」と思い立った。一年も連絡をしていないし、しかも仲の良かった頃からそんなに電話をしたことがなかった。突然すぎる。でも「電話をしよう」と思い立った時、むくむくと彼女の声を聞きたいという気持ちが働いて、衝動的に二階に駆け上がった。
電話をかけたら、ワンコールで彼女は電話に出た。電話口の声は少し低く聞こえたけれど、それでも私の知っている彼女の声だった。
「お久しぶり。雫です。本当はメールで送ろうと思ってたんだけど、なんか長すぎて気持ち悪いことになったし言いたいことがまとまらなくなったから電話にしたよ。いきなりでごめんね。」と言い訳がましく私は言った。

私が聞きたくてたまらなかった近況を彼女はあっさりを教えてくれた。三つの大学の滑り止めに合格していること、センターの点数、前期試験の手応え、明日は面接試験があるのだということ。
「浪人は今年で終わり」という言葉を聞いた時、強い安堵感と多幸感を覚えた。
空白だった一年の月日が電話をすることで軽く飛び越えられていく。成人式の話だとか、受験で起こった出来事についての話、いろいろな話をした。Zが「香川の大学を受けた時に昼ごはんにうどんを食べようと思ってうどん屋さんに入ったら、店構えは普通なのに中に入ったら薄暗い店内にミラーボールがキラキラしていて、椅子の足元には間接照明。店主はホストみたいな髪型してて(服装はうどん屋)、『あっ私入試前日にホストデビューしてしまったと思った』という話をしていてそれを聞いて
「ああやっぱりZは何か持ってるんだなあ。普通入試前日に入ったうどん屋がそんなホストクラブみたいなことになってないもん」と笑った。
「入試が終わったら遊ぼう」と向こうから誘ってもらえた。勿論だと請け負った。これからは今までみたいに当たり前に遊べるんだ。いろいろな思い出をこれからも作っていけるんだ。そう思うとこんなに嬉しいことがあるだろうかと思った。

「今日ね、数年前にZと一緒に行ったナゾのパラダイスに行ってきたんだ。」と話した。
「懐かしいなあ。行きたかったなあ。」と言って二人でナゾのパラダイスの話をした。

その時私は緑の大きな斜面に白い水仙がどこまでも広がっている昼に見た光景のことを思い出した。そして気づいたのだ。全ての事象は全て今に通じているのだと。
高校生の時にナゾのパラダイスに入ろうとしてやめたこと。高校卒業してすぐに二人でナゾのパラダイスに行ったこと。ブログの記事のために今日もう一度ナゾのパラダイスに行ったこと。そしてその今日が大学の前期試験の日でもあること。祖父の死と蟹料理、祖母が今日が前期試験の日だと知っていてそれを口にしたこと、父が「お前はもう友達じゃないんだ」と言ったこと‥‥それら因子の一つ一つの作用によってこの美しい今日を構成されているのだ。すべての出来事は全部全部今日の伏線回収のためで、しかもこの物語はまだ続いている。そう思ってしまったら、秘宝館であるはずのナゾのパラダイスすらも欠けてはならない大切な要素で、美しく思えてしまう。単純でしょうか。

私の最も美しい一日のこと 1

2015年2月25日

 

私はその日、突然の思いつきによりナゾのパラダイスを見物していた。(ナゾのパラダイスそのものについて言及しているものは、別にあるのでよければ見ていただければ嬉しいです。)

二人で行った思い出の場所に一人で行っていることに、どこぞの昭和歌謡にありそうだなあと思いながら車を走らせていた。

 

Zとは一年間、連絡を取っていなかった。浪人一年目の時は会うこともあったのだが、二年目になるとなんとなく連絡できなくなってしまった。

 

在学時代から、彼女はいろいろなものに追い立てられ、責められ、傷つけられていた。学校の先生は「成果」が欲しいから、「何も医学部にこだわる事はないから、看護学部でも薬学部でも受けてそこに行くのを考えたらどうか」なんて平気で言って、彼女のことを追い詰めるのだ。

今でも彼女は浪人という立場において色々なものに傷ついているのだろうと思った。例えば、母親の仕事先の人が二浪している娘がいることを知っていたりだとか、自分の弟が友達に「お前のおねえちゃん、大学どこいったん?」みたいなことを聞かれた話を聞いたりして、複雑な思いをしたのだろう。私は浪人をしたことがないし、受験自体そんなに頑張って志望校を目指したというわけでもないから、本当の意味で彼女の憂いはわからないのだろうなと思う。だからこそ、彼女に何かを言いたい気持ちがあっても、また同様に聞きたいことがいっぱいあっても「受験に関して特に努力もしないまま大学生になったこの私が何かを聞いても、私の無神経な言葉が彼女を傷つけてしまうかもしれない。」という思いがあって、こちらから連絡を取ることができなかった。彼女からもまたこちらに連絡が来ることもなかった。

 

私は待っていればいいと思った。きっと待っていれば彼女の方から私に連絡をしてくれると信じていた。今年はどこかの大学に受かって、彼女の浪人は終わるのだと信じていた。でもその「信じる」というのは、もう一つの否定したい可能性があって、それから耳を塞ぐためにあるのではないかと思う。

もし受かっていたとして、彼女が私に何も言ってこないまま人づてに彼女の合格を知ったとしたら私はきっと傷つくだろう。その時私はきっと彼女と私の関係性に自信がなくなってしまうだろう。

もし、彼女が何の滑り止めにも受かっていないそんな逼迫した状況の中にあったらどうしよう。それで私に連絡をしてこないのかもしれない。「三年目の浪人をするのか それとも医学部を諦めるのか」を聞くのが怖かった。どちらにするのかを私自身は何も進言できないし、どちらに行くにしても苦しい修羅の道を歩むのは彼女なのだ。何より、医学部を諦める彼女の姿を見たくなかった。

私は「努力をすれば叶えたいものは叶えられる」と信じていて、その努力が報われないことを信じたくなかったのだろう。

淡路島『ナゾのパラダイス』再訪&取材編

数年前に、ナゾのパラダイスを訪れた。

しかし当時の私には内容があまりにも過激だったのと羞恥心を掻き立てられたために、あまりナゾのパラダイス自体のことをよく覚えていないことに思いついた。

ナゾのパラダイスに関する記事が書きたい、しかしあれではただの思い出話に過ぎない。もしナゾのパラダイスに興味を持って検索をかけてあれが出てきたら、本当に知りたい情報が何一つ載っておらずがっかりされてしまうだろう。実際にナゾのパラダイスに行きたい人や、ナゾのパラダイスそのものがどんな場所であるかを知りたい人にとっては何の役にも立たないではないか、と気づき

「ならば私はもう一度あの場所へ行く必要があるな。ちょうど2月25日から淡路に帰っているし、その時にでも行けばいい。」と考えたのである。

 

「ナゾのパラダイス」は洲本市由良に存在する。「由良」は淡路の中でも少し異色の地域であるように思う。淡路島の中には「淡路弁」と「由良弁」の二種類の方言がある。淡路弁は基本的にさほど関西弁と変わらないのだが由良弁は特徴的なので、ネイティブの由良弁を話している人の言葉を聞いても、私は多分得体の知れない外国語みたいに何一つ理解できないと思う。(でもあまり最近は若い人はまともに由良弁を話したりしないし、衰退している。言葉ってこうやって消えていき淘汰されるのかしら。)

 

探偵ナイトスクープ」という関西地方で人気を誇る視聴者参加型のローカル番組がある。関西圏ではとても有名な番組なのだが、関東での知名度はどうなのだろう。ご存知ですか?

その番組において何十年も前にだが、この場所は「淡路のパラダイス」であると取り上げられて話題になった。その後パラダイスシリーズと呼ばれる、秘宝館や零細遊園地など個人で行われている集客の少ない施設を面白おかしく紹介する企画がコーナー化されている。ナゾのパラダイスは番組内の「パラダイスシリーズ」の魁であり、またナイトスクープによって紹介されたことの恩恵を最も受けているパラダイスではないかと思う。


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ナゾのパラダイスは「立川水仙郷」という淡路島にある水仙の名所の中に存在する施設である。1月から2月にかけて幾百万本の清廉な水仙が切り立った斜面を覆う絨毯のように咲いている。美しい場所である。数年ごとに入場ゲートの大きな絵は書き換えられているのか、二年前に来た時と違う絵になっていた。

施設には「淡路島 ナゾのパラダイス おしべと♡♡♡ めしべのことを まなぶところ」と大きく書かれている。おしべとめしべ・・・か。なかなかセンスあるな。

 


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ちょうど今なら見頃の水仙が目の前に広がる。だからパラダイスを目的に来た人と、水仙の写真を撮るために来た人と、健全な目的の人と不健全な目的の人が同じ場所に存在している。

 


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その場所は私営で管理されており、そのナゾのパラダイスの展示品たちもある一人のオーナーの収集品だ。よくあれだけのものをたった一人で集めたと思う。たくさんのお金と時間をかけたのだろう。性に対しての執念と狂気を感じ、から恐ろしくなる。


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人にナゾのパラダイスについて伝えようという目的があるというのと、一人で赴いたこと、さらに私自身が性的なものに対してある程度耐性が出来てしまっているというのもあってか、二年前に来た時よりもちゃんと展示品を見ることができた。

「写真撮影をしてもいいですか」とナゾのパラダイスの管理者に聞くと、「ちょっとならいいよ」と言われた。さらに「ネットに上げることも大丈夫ですか?」と確認を取ると「ああ、みんなやってるしいいよいいよ。むしろ宣伝して頂戴」というぐらいだったので、ありがたく掲載させていただく。なんて寛容なのかと驚いた。

(ただしあまりにも直接的なものを載せるのはちょっと気が引けるので、大丈夫そうなもののみを載せてあます)


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私は秘宝館そのものに関しての知識がないため、他の秘宝館と比較してナゾのパラダイスがどうであるかを説明できるか自信がないのだが、ここにおいて言えるのが

「文字による情報が多い」ことだと思う。オーナーの男や女に関しての自論が紙に手書きで何枚も書かれていて、それがあちこちに貼ってある。その内容の中には純粋に「なるほど」と思えるものもあった。

あと春画であるだとか、木製の男性器のオブジェが何個も置いてあったり、あとエロ雑誌か何かの1ページが展示されていた。時代による風化と劣化が何とも言えない哀愁と懐かしさを生んでいた。

 

管理者と少しお話する。(管理者とオーナーは同一人物ではない)

立川水仙郷のオーナーがたった一人で集めたということや、夏休みのシーズンになると大学生たちがバスを貸し切ってナゾのパラダイスを訪れることを教えてもらった。二回目三回目と何度もここを訪れるリピーターもいるようだ。

「それは・・酔狂ですね」と小声で思わず感想を漏らすと、「えっなんて言った?」と聞き返された。「いえ、なんでもないです。」と濁す。

管理者が男性器のオブジェを指差して、「よければ一緒に写真を撮って差し上げましょうか」と申し出てくれた。二年前はそんなこと、絶対できなかったなあと思いながら、「そうですね、せっかくだから・・」とお受けする。「こんな木なかなか他所であれへんもんな」「そうですね・・・こんな木、今後他所で絶対見ないと思います・・・」

 

以下の二枚が撮ってもらった写真です。なおプライバシー保護のためモザイクをかけております。


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春風や 闘志いだきて 丘に立つ(意味深) 
 

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淡路島に来ることがあれば、一度訪ねてみてはいかがでしょうか。

淡路島『ナゾのパラダイス』に赴いてしまった時の話

ナゾのパラダイスを知ったのは、高校一年生の頃だった。 私が所属していた生物研究部の活動で、立川水仙郷付近のフィールドワークをすることになった。この部活は『外部の友達を連れてきても構わない』ようなとてもゆるい部活だったので、私の友人のZも参加していた。
 
立川水仙郷に行く道中、不思議な看板を目にする。
『立川水仙郷 ナゾのパラダイス』と書かれた看板があった。どうやら立川水仙郷にはナゾのパラダイスという不穏な名の施設があるらしい。『ナゾ』という単語と『パラダイス』という単語が我々の好奇心を駆り立てる。しかもその看板にはとても手作り感があり、それがかえって私たちに好感を持たせた。
 
 
部活動の後、顧問の先生と私とZでナゾのパラダイスを訪れた。
その楽園はどこか寂れた雰囲気と手作り感かあり、時代から取り残された独特の雰囲気を放っていた。その入り口に向かうと、『18歳未満の方はご入場できません』という注意書きがあった。
そして、ここがどういったパラダイスであるかを薄ぼんやりと理解した。それを見て先生は『ごめんなさい、僕は先生としてここに引率することができません』と言った。
そうですね、もしここに引率していたら、『男性顧問、女子生徒二名を秘宝館へ引率』って見出しで朝刊を賑わしてしまっていたかもしれません。部活動で来るにあたって絶対に適切ではないですからね。それにその時私もZも当時はまだ18才未満だったから入る資格もないし、その時は何も見ずに引き返したのだ。 
 
秘宝館、ってご存じですか。そう、ナゾのパラダイスは秘宝館だったのです。
 
 
それから二年後のできごと。高校の卒業式は終わったもののまだ大学生活も始まっていない、高校生でも大学生でもなかった三月のこと。
私はあと数日で淡路の外を出て、そこからはひとり暮らしが始まることが決まっていたし、Zもまた予備校に通うためにあと数日後には淡路の外を出て寮に一人暮らすことが決まっていた。ばらばらになってしまうその前に、最後に私たちはずっと自らの後ろ髪を引き続けていたナゾのパラダイスと決着をつけようと考えた。もう私たちは18歳になったのだから、その楽園を見る権利がある。その楽園を見なければ、真の大人にはなれない。これは私たちの何か一つの区切りであり、あるいは儀式であり、また思い出を作る行為になるのだろうと思っていたのだ。
 
念願のナゾのパラダイスに足を踏み入れたとき、私はいたたまれない気持ちになった。「秘宝館」というものについてあまりよくわかっていなかったし、具体的にどんな展示があるのかもわかっていなかった。ただ漠然と「18歳未満の人が見るには有害なものを展示している」ということをふわっと理解していただけだった。
直接的にアレなものたちが自分の目に嫌でも入ってくる。それに目を背けたら、今度はその目を背けた先にまた不健全な展示がある。視覚から入ってくる情報が当時の私には過激すぎた。それに、友達と一緒に来ているのもあってその展示をまじまじ見るのもなんとなく恥ずかしい。ほかのお客さんや友人からその展示を見ているところを見られることが恥ずかしい。秘宝館にいる私、を俯瞰で見てしまうとその場所にいるのがいたたまれなくて、居心地が悪くて、弾んでいた言葉も何一つでなくなってしまう。
展示を見上げるために半歩後ろに下がった。すると背中に何かが当たる感覚があった。それを咄嗟に「人」だと判断した私は「あっすいません」と言い、振り返った。そこにあるのは人ではなく、自分の身長と同じぐらいの大きさの木製の男性器のオブジェだった。恥ずかしさが胸までこみ上げてきて、頭の中が真っ白になった。友人はそれを見て笑いをこらえていた。しかし私のテンションはどん底にまで下がってしまった。
この場所に対しての羞恥心を覚えたのは友人Zも同様だったようで、彼女のテンションも下がっていた。全部を丹念に見ることもなく、どちらからともなく「もう出ようか」という言葉を口にした。ナゾのパラダイスを出て、自らの心を慰めるかのように、取って付けたかのように「水仙綺麗だね・・・」「うん、水仙綺麗だね・・・」と言い合った。このままの気持ちで車に乗るのも、このままお別れするのも嫌だった。しばらく会えないかもしれないのに、こんなしょっぱい思い出では嫌だ。と思い、「Zちゃん、まだ時間はあるか?」と聞いた。
 
車で海沿いの道をずっと走り続けた。そして、Zが中学までを過ごした街を目指した。ずっと長い一本道で、それに沿うように常に青い海と青い空が目に入った。
音楽はクラシックのピアノ曲を流していた。窓を開けると塩を含んだ海を感じる爽やかな風が入ってきて、それが快かったことを覚えている。私はとってもおしゃべりで、話すことが大好きだけれど、同様に気詰まりではない快い無言の空間を愛している。どこまでもどこまでも彼女と、遠くへ行きたいと思った。
 

コンビニ行脚いたずらの旅 2

四件目、ローソン。華やかな20代の女性が私のレジをしていた。毛先にパーマネントのかかったボブカットで、結構可愛い子。横にいる女性店員ともっと話したそうにしていたので、彼女たちは仲がいいのだろうと推測した。

詰め替え用ではない、ちゃんと容器にはいったアタックネオ(筒に近い形状の容器にはいった洗剤)を買う。
四件目で少し学習した私は、二つのテクニックを使う。
『長い方のストローを、お願いします』
あえて『長い』ストローを指定してつけさせる。長い方のストローの長さは、アタックネオの容器の長さに対してとても丁度いい。きっと店員の想像力を掻き立てる(はずだ)。
さらに、店員が袋を用意しようと屈んでいるのを見計らい、『このままで大丈夫です。』と言う。片手でアタックネオとストローを持って去る。まさに今から飲むような雰囲気が出せていたのではないだろうか。

五件目、セブンイレブン。猫缶の他にお酒やらおかずを買って、さもやつまみに猫缶を食べるかのような演出をする買い物をしようかと考えたが、それでは猫缶ではないものにお箸をつけてもらいたがっているように思われてしまうかもしれない。今回は猫缶と犬用のウェットタイプの餌を買う。
レジに持っていき、『お箸をつけてください』と言う。店員は、いくつだろう。20代と言われても40代と言われてもしっくりくるような男性だ。愚鈍な印象を受ける。ポケモンでたとえるなら、カビゴンに似ている。
猫缶とドックフードに箸をつけることに何の疑問も持たないようだった。
私は少し、自分のやっている行動にやけを起こしていた。今こんなに面白い試みをしているのに、どうして誰もこの面白さに気づかないのか。どうして今、あなたの退屈な日常に隠れているささやかな非日常に気づかない。疑わないのだ。
去り際に私が店員に対して言う『ありがとうございました』が萎れていた。


ストローを全然関係ないものにつけろというお客さんはたまにいる。だからその類いだと認識されてしまうのだろうか。それともこの人たちは自分たちの生きる日々に何の疑問も持たず、ただとろんと子豚ちゃんみたいな目をして、自分の決まっている時間が終わるのを待っているだけなのか。きっと私が店員たちに対してそう思ってしまうのは、他でもないこの私がそうだからだろう。ただいたずらにその時間が行き過ぎるのを心を無にして待っている。本当は私こそが愚鈍な店員なのだ。

もしもの話だけど、もし私のレジに洗剤にストローつけてくださいと言ってくる客がいても「お飲みになるんですか?」なんて絶対に心のなかで思っていても聞けない。失礼だし、飲むはずがないから。だからきっと店員さんも、想像力を掻き立てられたとしてもそれを表に出したりはしないだろう。その上で私が満足のいく答えを出すとしたら、結果的に自己満足以外何もないのである。

この旅には終わりがないかもしれない。私が望む結末はどこにもないかもしれない。それでも私は次のコンビニを目指すのだ。



六件目、駅の近くのファミリーマート。一見客が多く見えるが特にレジ周辺は混雑しているわけではなく、立ち読みをしているお客さんが多い印象を受けた。レジが混んでいたり忙しいと気づいてもらえない可能性が高いため、安堵する。
店内を物色する。まず猫缶を一つ手にとった後、「何にストローをつけてもらおうか・・・」と考える。ちゃんと長い方のストローで飲むのに丁度いい形状の容器にはいっているものを探す。もう洗剤はさっき買ったからいらない。違うものがいい。もうすぐサラダ油が切れそうだし、サラダ油にストローを付けてもらおう。
レジへ1リットルのサラダ油と猫缶を持っていく。店員さんは30代後半の女性。ファミリーマートの場合、名札に星がついていて1つ星から5つ星まである。星が多ければ多いほどスキルが高い、ということになっているらしい。彼女の名札の星は2つ星だった。
「おはしとストロー、あっ長い方のストローをつけてください」と言う。そしてさらに店員が屈んで袋を出そうとするときを見計らって「あっ、すぐ使うんでこのままで大丈夫です」と言った。四件目のローソンでのテクニックを使ったのだが、ただそこに「すぐ使う」というワードを入れた。えっこの人サラダ油をすぐ使うの?袋いらないの?それに長い方のストローってもしかして・・・と思わせるためだ。けして「すぐ食べるので」とか「すぐ飲むので」という単語を使ってはいけない。あくまで私の目的は店員の想像力を掻き立てさせることなので、そんな直接的な言葉を使ってしまうのは美学に反してしまうのだ。
店員は面食らったようで「えっ、このままでよろしいんですか・・・」と言っていた。その声には困惑の色があった。
私はその店員の反応を見て、勝利を確信した。にやけてしまいそうになる顔を抑えて「はい、大丈夫です」と答える。
pontaカードを提示した後お会計をする。猫缶とサラダ油を持って店の外にでるのだが、そしてここでも私は小細工をした。
猫缶と割り箸は持ってきていた手提げかばんの中に入れ、サラダ油は両手に抱えて持つ。ストローを一緒にかばんに入れてしまわずに、そのストローとサラダ油には関係性があるのだと主張するために、サラダ油の容器の側面に沿わせるかのようにストローを持った。「ありがとうございました」と明るい声を作って微笑む。
出来た。私はきっとこの店員さんに「サラダ油を飲む女」だと思わせられた。そんなのどこでわかるのって話だし、ただ自分のそのとっさの演技力に酔っているだけなのかもしれない。でも、私はひとつ、達成したのだ。






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サラダ油とストロー。ちゃんと長い方のストローに対して絶妙な大きさである。



自転車のかごには猫缶と生活用品でいっぱいになっている。ここまでで買ったもの、サラダ油1リットルとアタックNEOの洗剤、詰め替えパックの柔軟剤、猫缶が5個とドックフードが一つ。





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私、ノリで買っちゃったけど猫も犬も飼ってないんだよね。どうしようか。