集合住宅

蛇の道はheavyだぜ

初めてラーメン二郎に赴いた話

これは2014年8月27日の出来事である。

その日私は東京にいた。八年程仲良くしている友人とのオフ会を目的に。
場所は東京の池袋。朝早くに夜行バスでたどり着いた。東京1日目。


関西にはラーメン二郎のインスパイア店は存在するが、『ラーメン二郎』と銘打った店舗は存在しない。せっかく東京に来たのだから憧れのラーメン二郎に行き、『東京の洗礼』を受けようと考えたのだ。


私はここに足を踏み入れた。

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狭い店内には、まだ昼時よりも少し早いのに行列ができていた。客の年齢や体型も様々である。
『ああこの人は二郎によってこのボディーを手にいれたのだろうな』と思わずにはいられないような人や
『こんなガリガリの体のどこにあの麺が入るの?』と言いたくなるような魅惑の鶏ガラボディーの人もいた。そして共通しているのが、皆『男性』という点だった。
皆一人で来ているようで、黙々と食べている。静謐な空間だ。そんな静けさの中時おり『ニンニクヤサイマシアブラ』といったような、耳慣れない呪文の詠唱が聞こえてくる。


私はその時、レモンイエロー色のヨットの柄のプリントされたコバルトブルーのシャツワンピースを着ていた。さらに頭には麦わら帽子。夏らしい装いである。
明らかに場違いな観光客が男の戦場に入り込んできた。私は異物だ。客たちの不躾な視線が私に突き刺さる。行列の前方にはスマホでエロサイトを見ている男もいた。ちょっと心が挫けてしまいそうになる。

でも大丈夫。『ギルティ』さえ犯さなければ。頭の中で何度も確認する。
まず最初にラーメンの大きさを聞かれて、その時にラーメンの大きさ、麺の量、麺の固さを答える。けしてこの時にヤサイがどうとかマシマシがどうとか言ってはいけない。らしい。

店主に『食券お願いします』と言われた時、私はチケットを店主に見せ、『小麺半分カタメ』と震える声で言った。第一の関門をクリア出来た小さな喜びが生まれた。

着席した際にトッピングを聞かれた。私の目的はただ1つ。二郎を完食することだ。そのためには無理をしない。確実に食べきれるように頼まなければならない。
『ヤサイスクナメアブラスクナメニンニクスクナメ…‥でお願いします。』

店の人が注文を聞きながら食券に独自の折り目を入れていく。その折り目に法則性があって、見ただけでどの注文なのかわかるのだろう。面白い。


そして出てきたのがこれだ。

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このラーメンには全然"二郎感"がない。麺の氾濫もヤサイの洪水もない。これならきっと食べきれるはず。

私は事前にネットで調べた『天地返し』を駆使した。天地返しとは、ヤサイの上に麺を乗せて、麺がスープを染み込まないようにする行為である。

二郎のラーメンの味は思いの外美味しかった。独特の醤油辛い風味がある。もっと癖のある味をしているのかと思っていたがそうでもなかった。天下一品のこってりなんかよりよっぽど食べやすいし、万人受けする味のように思った。ブタは最初に食べてしまう。後に残すと厄介らしいからだ。ブタの柔らかな肉の味がとても美味しい。ヤサイはスクナメではなく普通の量入れればよかったと思う。

麺の固さを固めにしたのは、麺がスープを吸って重くなることを阻止するためだ。お腹がいっぱいになっていく時にどんどん麺が重くなっていったらとても辛いだろうと想定したのだ。
しかしそれは失敗だったように思う。スープを吸い込んで麺が重くなるどころか、そのあまりの強固さに噛んでも噛んでも終わらない。見た目は少しに見えるのだが、なかなか減らないのだ。

二郎の麺はとても太く、うどんのようだ。少ししか食べていないはずなのに物凄い満腹感をもたらす。


私は時おり少量のお茶を口に含みながら、ひたすら咀嚼した。今この目の前の小麦粉を胃に詰め込まなければいけないと決意した。マグロが泳ぐのをやめて止まると死んでしまうように、私にとってもまた、立ち止まることは『死』だった。箸を止めてしまったら冷静な頭が自らを『満腹』だと認識してしまうかもしれない。
食べろ、食べるんだ。お腹いっぱいになる前に、お腹いっぱいだと感じる前に先に口に放り込んでしまうのだ。思考よりも先に、逃げ切ってしまうのだ。私は考えることをやめた。
それは食事ではなかった。中身のなくなったシャンプーのボトルの詰め替えをするように、丼の中のラーメンを別の容器(自らの胃)に詰め替えていた。

ようやく食べ終わった。持ってきていたウエットティッシュで脂ぎった口元と、机の上を拭いた。その後愛想よく店主へ『ご馳走さまでした!』と一言をかけ、外へ出る。

二郎を出て十分経った頃だろうか。後から満腹感がダッシュで追いかけてきた。猛烈に胃が苦しくなった。固ゆでされていた麺が、胃液を吸い込んでふやけて膨張し、『あるべき姿』に戻ろうとしているのだ。それはもはや『痛み』に等しかった。その痛みと葛藤し、折り合いがつくまでにはかなりの時間を要した。


問題がもう1つ発生した。歯磨きをしても二郎の『ニンニク』が出ていってくれないのだ。後で友人と会うから、それを考えてニンニクを入れないことも考えたのだが、『初心者がラーメンを食べる際にはニンニクというアクセントがないと完食が難しい』というネットの情報を信じたために、ニンニクを入れた。『少なめ』に。

しかし少なめでも、二郎のラーメンに含まれているニンニクは『生ニンニク』だ。風味も強い分、当然少量でも強い臭いを放つ。
私はGoogleで『ニンニク 臭い 消し方』で検索した。すると、生の林檎を食べると林檎に含まれている成分がニンニクの臭いを消してくれるのだと分かった。
西武百貨店のスーパーの青果売り場に行き、早速林檎を買った。その林檎は一つ一つを綺麗に包装されていて、高級さに溢れていた。丸くて大きくて艶々と赤く、紅玉のようだった。こんな高そうな林檎今まで買ったことない。しかし友達と会うのにこんなニンニクの臭いをさせながら会うことは出来ない。

高級な林檎をお買い上げした後、トイレの手洗い場で林檎の表面をゆすいだ。ホームレスみたいな気分になった。この日は友人とカラオケで一晩を明かす約束だったので、ホテルの予約もしていない。
私は東京の根なし草なのだ。そう思うと開き直れた。


落ち着いて林檎を食べられる場所を歩いて探し回っても見つからなかったので、池袋駅の改札口の前の壁にもたれながら、一個の林檎をそのままカシュカシュとかじった。かじった林檎からは甘い香気が立ち、甘い汁が手首まで降りてくる。
通行人は『なんでこの人こんな所で林檎かじってるんだろう』という目で見てくる。そんな私は『東京まで来て私何やってるんだろう』と思っていた。友人との待ち合わせの時間が待ち遠しかった。