集合住宅

蛇の道はheavyだぜ

特別な女の子 2

中学校に上がって、私は初めて今が終わらなければいいのにって思った。Zと出会ってからの私の6年間は何よりもきらきらしていた。

同じ小学校から上がった友達から、友達になったのだと言われて紹介されたZと目があった時、
『ああ、私はきっとこの子の友達になる』といった、言葉に出来ないけど、どこか確信めいた予感があった。

Zは色素が淡く、生まれつき髪は淡い栗色をしていて、サラサラのロングヘアー。肌の色は白雪のように白く、頬には桃色の赤みが差していた。鼻筋が綺麗で、うっとりと見惚れてしまいそうになる横顔の持ち主だった。
Zは見た目ばかりでなく、心もまた美しい人だった。思慮深く、人のことを考える優しい心を持っている。強く自分の意見を言うことは少ないけれど、絶対に嫌なことはちゃんと嫌だとハッキリ言う。
自分の中に堂々とした主義があって、凛とした男前な精神があり、とても格好いい。それでいてユーモアのセンスに富んでいて面白い。頭もよくて勉強も出来る。

Zのどこが好きなのかと友達から聞かれたとき、『美人で優しいところ』と答えたときは悔しかった。美人で優しい、なんてそんなどこにでもあるような言葉を使って彼女を形容したのがたまらなく悔しかった。彼女はそんなものじゃないんだよ。もっとずっと魅力的な人なんだから。私の彼女に対しての思いは、『崇拝』に近かった。

私にとってZは特別な女の子だった。今まで出会った人の中でも、きっとこれから出会う人の中でも。そう私は思っていた。
高校を卒業して会うことがなくなり、彼女が私の日常の人でなくなって、他に親しい人間が出来たとしても、私の心の中の小箱に、宝物のように大切にしまわれた、ずっと特別なままの人。


私もまた、彼女にとっての特別な女の子になりたいと願った。彼女の『特別』が欲しかった。今まで出会った友達の中で、これから出会う友達の中で、一番の友達になりたかった。
彼女の目に映る私が、誰よりも面白くて一緒にいたい女の子であればいいと思った。彼女の手を引き、彼女をより面白い渦中へ誘うそんな魅力的な存在になりたかった。

濃密な二人だけの世界を作りたい、とは思わなかったけれど、二人しか知らない、他の人は入れないような何かを作ることができたらいいと思っていた。


誰よりもZとの時間を共有している人物になりたいと思ったし、誰よりも彼女のことを知っている人間になりたかった。どんな些細なことでも彼女のことを知りたかった。
私は彼女に対しての強い知識欲があった。ポテトチップスはコンソメ派、誕生日は12月28日、嫌いな食べ物はキムチと納豆と生の鮭だとか、そんな細々しいことを誰よりも覚えていた。私が誰よりも彼女のことを把握しているのだという自負が欲しかった。それだけで彼女の一部分を私のものに出来たような気持ちになるからだ。



中学三年生の時にZが一度だけ『雫ちゃんが自分の出会った友達の中で一番信頼している友達だ』と言ってくれたことがある。一度でいいのだ。その言葉を一度でも言ってくれたなら私はずっと幸せで、私の心を捕らえるのだから。


初めて自分の夢を友達に打ち明けたのだと言って、『将来医者になりたい』という夢を明かしてくれたこともある。一番最初に打ち明けた友達が私であることも嬉しかった。

Zは今も浪人をして医者になるための勉強を頑張っている。女の子で二浪して、それでもなりたいもののために頑張れるなんて覚悟を感じる。私にはそんなやりたいことなんてないもの。だからそんな彼女がいつまでもいつまでも誇りなのだ。

仮定だけれど、もしZが川で溺れていて、自分の命と引き換えに助けられるなら、私は彼女の身代わりになら死んでもいいなと思った。私にはやりたいことなんてないし、社会にでてどれだけの人の役に立てるかわからない。でも彼女は将来医者になって、きっと人々を救うだろうし、その優しい性格は色々な人から愛されるだろう。
他の誰のためにも死ねないけれど彼女の為だったら死んでもいいって、あの頃は本気で思っていた。