集合住宅

蛇の道はheavyだぜ

私が初めて付き合った人

初夏のような陽気の五月のことだった。


付き合って一ヶ月になる彼から最近何か予定はあるのですかと聞かれた。
『週末に大学で体育祭があります。この大学は一年生は文化祭と体育祭は必ず出席しないといけなくて、単位をもらえなくなるんですよ』
というようなことを私は言った。
彼が『その週末は空いているし、女子大の体育祭とはどういうものか見てみたい』
という提案をして来た。体育祭に男の人を連れていくのか。大学の体育祭なんて保護者すらも見に来ないと聞いている。あまり気乗りはしなかったが特に断る理由もなかったので請け負った。

体育祭当日。あの人は保護者席に座っていた。私はあえてその席の斜め前に、彼に振り向くような体勢で座った。そうすると彼は私の隣に座ってきた。なんで私の隣に座ってくるのだろう、と少し不快な思いになったが(私はパーソナルスペースにうるさい)ああそうか交際相手だからこれが普通なのかと思い直した。

その日は五月であるにも関わらず本当に暑い日だった。その時、彼の体から酸味のある異臭がした。
うわあ、辛い。隣に座っているのが辛い。耐えられない。
そんなことを考えては駄目よ私。だって私はこの人の彼女なんですよ。この臭いはもしかしたら日頃の食生活や体調不良によるものかもしれないし、彼の体調に気を遣ってあげるべきではないのですか。男の人にあまり接したことがないからわからないけれど、多かれ少なかれ男の人ってこういう臭いのする生き物なんじゃないの。そこを許容できなかったら私男性と一生交際できないわよ。あっお願いだから風上に立たないで!

そんなことを考えているとどんどん私の口数が減っていく。どうして愛しいはずの人が隣にいるのに私の心はこんなに冷めているのだろう。付き合ってまだたったの一ヶ月ですよ。
あれか?手に入れた獲物に興味がなくなるとか?釣った魚に餌はやらないみたいな?それともあれか?私は本当はレズビアンで男性が無理とか?それともあれか?『恋は盲目』と言うけれども、私は今視力を取り戻してしまっているのか。明瞭に見える世界は残酷だった。

ぼんやりと遠くの景色を見つめる。なんて空が青いのだろう。ぼんやりとした淡い色の空にところどころ配置された白い雲。いくつか聳える無機質なビル。なんて気が抜けていて、無機質な景色なのだろう。どうして私の心をこんなにも荒涼とさせるのだろう。

体育祭の種目に出る時は、そんな憂いとはうってかわって楽しい時間に思えた。一年の五月なんて入学したての頃だ。もうすぐこの子と仲良くなれるかもしれないという予感にワクワクする。終わったあとに微笑みあったりハイタッチしたり。ああもっとこの子たちと話したい。もっとこの子たちと仲良くなりたい。
でもそんなこと考えてはいけない。彼は私以外の他の知り合いも誰もいない中、たった一人でここへ来たのだ。しかもわざわざ休日を使ってここへ来たのだ。無責任に放置なんて出来ない。私は彼女なのだから、彼をもてなさなければならない。使命を果たさなければならない。競技が終わったあとはあの定位置の席に戻る。
使命感を覚えれば覚えるほど、気負えば気負うほど苦しくなった。あああの子達と一緒にいたい。もっと仲良くなりたいと考えている私のことをひどいと思った。

体育祭が終わって、Yちゃんから声をかけられた。『一緒に帰ろう』って。嬉しかった。一緒に帰りたい。
でも私は彼女と一緒に帰ることは出来ない。断った。そして彼に電話をかけ、駅まで送っていく。

女子大の体育祭の帰り道、しかも父兄の見に来ないような体育祭の帰り道。当然女子ばかりの大名行列だ。女子の洪水の中のたった一人の男の人である彼と、その隣の私に矢のような視線が突き刺さる。痛い。そうか、私は大学に入学して一ヶ月しか経ってないのに体育祭なんかに男を連れてくる浮かれた女だと認識されているのか。しかもさほどイケメンではない(失礼)彼を自信満々に連れてきているように思われているのか。女の群衆の中無心で駅を目指す私は、十字架を背負いゴルゴダの丘を目指すイエス・キリストのような気持ちになった。お願いだから私を見ないで、彼と一緒に来た人だと思わないで。無言で早歩きをする。



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