集合住宅

蛇の道はheavyだぜ

ちーちゃんはちょっと足りない 感想文

阿部共実さんの『ちーちゃんはちょっと足りない』という漫画を読んだのだが、鮮烈な印象が残ったため、感想を書こうと思う。



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この漫画はちーちゃんを主人公にしている…‥と見せかけて、その友人のナツが主人公の漫画であると思う。
一話から四話まではほのぼのとした日常を描き、五話からある事件が起きる。


ちーちゃんはいつも自分と仲良くしてくれるナツに恩返しをしたいと思う。そこでちーちゃんはナツがお金が欲しいと思っているのだと知る。ちーちゃんは女子バスケ部のお金を盗み、そのお金をナツにあげる。ナツはそのお金が悪いお金だと分かっていながらも『二人だけの秘密』と言ってそれを受けとる。



ちーちゃんは色々なものが『足りない』。頭がよくないし、蜂に対しての警戒心も足りない。家は団地で母子家庭で貧乏。倫理観も足りない。中学二年生なら人のものを盗ってはいけないということが分かるはずなのに、彼女にはそれが欠落していた。
この漫画の感想文を書いているブログをいくつか読んだが、作中ではそうと言われていないがちーちゃんは知的障害者であるという解釈をしている人が多いようだ。


ナツもまた、『足りない』という欠落を抱える少女である。勉強は出来ないし、家も裕福ではなく欲しいものは手に入らない。彼氏もいない。満たされずに、『何か』が欲しいと渇望している。
友人の旭ちゃんや奥島くんや如月さんに劣等感を抱き、自己に対しての評価も低い。思春期特有の閉塞的な自分の中の世界を構築しているように思う。

作中で描かれているナツの持つクズさや卑屈さはありし日の私、いや今も私が持ち合わせているものと同じだと思った。一つ一つのエピソードにどこか『ああでもわかるなあ』というような、暗い沼のようなズブズブとした共感があった。
よくナツの思考の中に『私たち』という言葉が出てくる。この『私たち』とはナツとちーちゃんのことを指すと思う。この二人の関係性は二人だけで完結されたもののように思う。この『私たち』の中には、旭ちゃんは絶対に入らない。
ナツがちーちゃんに感じる同族意識は、『ちーちゃんは自分のことを傷つけない存在であり、自分のことを脅かさない存在であり、そして自分と同じく何かが足りない人間だ』と思っているからではないかと思う。だからナツは精神的な深いところでちーちゃんに執着しているし、彼女しかいないのである。ナツがそう思うのには、ナツ自身の自己評価の低さも関係していると考えている。



ちーちゃんは最終的に、自分がやったことが悪いことであることを藤岡さんに教えられ、謝罪し、許される。その藤岡さんのやり方も鮮やかだった。『髪飾りを貰う』と言って盗ろうとすることで、人のものを盗ってはいけないということをちーちゃんに分からせた。このシーンによって読者の藤岡さんの見え方は変わる。

『本当は盗んだのは千恵だった』と言って女子バスケ部に謝ることができた旭。自分が間違っていたと知ってちゃんと藤岡さんに謝ることができたちーちゃん。

それに対してナツはちーちゃんの盗んだ3000円のうちの1000円を自分が貰ったと告白もできず、謝ることもしなかった。藤岡さんにも、旭にも、一生許されることがない。ナツはちーちゃんとは違い、人のお金を盗むことは悪いことだとちゃんと分かっていて、その上で貰ってしまっている。直接的に盗んだのはちーちゃんなのに彼女は許され、間接的にお金を貰ったナツは一生許されることがないのだ。だからナツはずっと自らの行いに罪悪感を持ち続けるだろうと思う。
ナツはけして悪人ではない。恐らくちーちゃんがお金を盗んでこなければ、一生人のお金に手をつけたりなんてしなかっただろうと思う。『ちょっとくらい ちょっとくらい 恵まれたって いいでしょ私たち』って思ったというそれだけのことだ。


せめて自分の過ちを懺悔し、謝罪できれば関係性も変わっていたかもしれないが、それをせず、旭ちゃんの中の藤岡さんの印象が変わったその後で藤岡さんのことを悪く言ってしまった。正直間が悪かったのだと思う。
見た目がギャルめいている藤岡のことは不誠実で不真面目で怖い人だと認識し、優等生の奥島や如月を高く評価するナツの表面的な見方を責めることなんてできない。私だって同じだからだ。
ナツは藤岡さんのいいところを知ることなく中学生活を終えるのだろうと思う。

旭は、ちーちゃんが1000円をあげた相手がナツであることはすぐにわかっただろうと思う。ちーちゃんの交遊関係の中で、お金をあげるような人なんて限られているだろうから。犯人がわかっている上で耳にするナツの発言に失望を覚えたのだろう。
この漫画には旭ちゃんからの視点はない。だから旭ちゃんの考えていることが正確に読めないかもしれない。ナツが旭に思う感情が自意識過剰なものなのか、実際に格下だとみなしていたのかはわからない。

旭の立場からみれば完結された二人の関係に足された一人、というような三人の中においての疎外感はあったのではないかと思う。
旭は付き合いにくいタイプのように見える。独特な口調でものを言うし、思い込みが激しく、女子バスケ部員に対し、ちーちゃんはそんなことはしないと言って激昂する。彼女の美点はちゃんと謝れることだろうか。




あの描写は本当に凄いと思った。欲しかったリボンを手にいれて、このリボンがあれば自分の生活に何か劇的な変化を与えるのだと信じていたが、実際に教室に入り誰からも何も言われず、そのリボンがどれだけ無力であるかを悟るシーンだ。よくあることだ。自分で思っているほど周りは自分に興味も関心もない。
自己嫌悪と虚しさが襲い、景色が歪む。欲しかったリボンを手にいれたのに、ゴミ箱に捨てるナツの気持ちがよくわかった。


ちーちゃんは学び、きっとこれからも成長して前に進んでいくだろう。しかし、ナツは進まずにずっと立ち止まったままだ。いつかきっと前へいくちーちゃんに追い越され、置き去りにされるだろう。ナツだけが不変のまま塩の柱のようにその場に佇み続けるだろう。
その悲しい予感を抱きながらもナツは『私たちずっと友達だよね?』と言っているように私は解釈した。

(ナツにとってはあくまでちーちゃんは足りないなにかを埋めるための一つで、そのちーちゃんすらもいなくなったらもっと足りなくなってしまう。もし高校に入学して、ナツに新たな友人ができたり、もし彼氏ができたとしたら、きっとナツはちーちゃんのことを切り捨てるだろうな、と思う。)


面白い面白くないでは単純に言い表せないような、何とも言えない不快さとダークさがある、凄い漫画だった。
(初めてはてなブログっぽい文章を書いた気がする!)