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集合住宅

蛇の道はheavyだぜ

私の最も美しい一日のこと 2

ナゾのパラダイスに一人で行った後、車で母方の祖母を迎えに行った。そして家族四人で蟹を食べに行った。

うちはやたらと蟹が好きな家で、贅沢と言えば蟹!というようなところがある。

祖父の告別式の日、本来は父と母は、父の勤め先の慰安旅行で香住へ蟹を食べに行く予定だった。しかし、祖父の突然の訃報のため、キャンセルせざるを得なかった。仕方がないことであるが、それでも蟹にどこか後ろ髪をひかれていたらしい。今日なら雫も帰ってくるし、人からいいところを教えてもらったからということで父が店を予約してくれたのだ。

その店は普段は旅館をしているが、蟹のシーズンである1月から3月にかけては旅館を休止して蟹料理を振る舞っている。日本海から生きたままの蟹を仕入れて、それを食べさせてくれるのだ。
部屋も広くて雰囲気のある個室を用意してくれて、女将さんがついててくれて、蟹を絶妙のタイミングで食べさせてくれる。彼女は常に蟹の具合をさながら万引きGメンかのように注視していて、蟹に火が通りすぎないようにしてくれる。だから焼きすぎたりせず美味しい状態の蟹を食べられる。それでいてこの人がいることになんの違和感もない。不思議な魅力がある。

蟹が美味しいことと、居心地のよい雰囲気もあって、私たちは色々な話をした。

「周りの人の親が死んでも、どこか自分の親だけは死なないような感覚があって、いまだに自分の親父が死んだことに実感が沸かない。もし親に何か大病があったりしたら、こちらも心構えができて死後の色々な処理も事前に考えられたけど、突然の死だと一気にそれをやらなくてはいけなくなる。」
「でもどっちの方がいいとも言えないよね。母方のおじいちゃんは胃がんで亡くなったけど、苦しんで生きているのを見るのも辛いし、でも死んでしまったら楽になれてよかったって思いもあるけどやっぱり悲しいし、複雑だもの。父方のおじいちゃんはトラクターの下敷きになって、別に苦しまずに死んだわけではないけど、でも病気で苦しむよりは楽だったんじゃないかな・・」
「突然死は本人はよくても、身内が辛いんだよ。突然だから気持ちの整理もつかないし。」

というような祖父の死の話や、祖父が亡くなった後の父方の祖母の話をした。
祖父が亡くなったら祖母は車の免許も持っていないし、どうしているのか。一人で寂しくしていないかと聞いたら、伯父と伯母と買い物に行ったり、一緒に晩御飯を食べたりしているらしく、あの二人が親切にしてくれているのだとわかった。
あと父と母が買っているお墓の維持費は私が払うつもりだという旨を伝えたり、母方の祖母が死んだ後に家をつぶして更地にする際に、離縁して行方不明の先妻の息子(家の権利が16分の1あるらしい)に遺産放棄の書類を書いてもらわないと何もできないから自分が死ぬ前に見つけたいという話だとか、なんだか死に関することばかり話していたように思う。蟹を食べて無言になっては死の話。
普段からそんな話をすることが多いわけではないけれど、どうしてだか心が落ち着くところがあった。

自分の親だけは死なない感覚があるという父の言葉の気持ちがわかる。とてもよくわかる。でも父も母も祖母もきっと私より先に死ぬのだ。知っている。呪いの言葉だ。現に父を亡くした父と、父を亡くした母がここにいるのだ。証明されている。だからこそ今日の日のことは大切にしたいなと思った。

祖母は何度も「来年も生きていたらここに来たい」と言う。祖母は私が幼い時から死ぬ死ぬ詐欺を繰り返している。もっと言えば母が幼いころからずっと死ぬ死ぬ詐欺を繰り返している。「私北海道に行くために飛行機に乗るけど、もし墜落したら降りてくる保険金で楽しく暮らしてね」なんてそんなことばかり言うのだ。死ぬ死ぬといいながら、それなりに長生きしてボケずに今日まで生きている。だからきっと来年もまた蟹を一緒に食べられると思う。


「今日2月25日、国立の前期試験の日よね。Zちゃん、受かっているかしら。」と祖母が言った。
私は祖母がそう言ったことで初めて今日が前期試験の日であることを知った。
「そうだね、どうだったんだろう。」
「お前、Zちゃんとは連絡を取っていないのか」と父が問うてきた。
「二浪が決まってから全然何も連絡とってない。あえて言ってこないのかもしれないのに、こちらが踏み込んで聞くことなんて出来ないよ。ちゃんと時が来たらきっと向こうから教えてくれるもの。」
「じゃあ何も知らないんか。もうお前はZちゃんと友達じゃないんだな。」父は切り捨てるように言った。
「そんなことはないよ。」私は反駁した。
「女の子同士だから気を使いあうし聞けないこともあるわよ。デリケートなことなんだから。」と母が加勢する。
「男とか女とか関係ない。もしZちゃんが三浪するにしても、医学部を諦めるにしても、それを相談できる相手はいるのか。もしZちゃんが良くない状態だったとしたら、親にも相談できないで一人で悩んでいるんじゃないか。もっとも、雫よりも仲の良い友達がいてそれを相談できるんなら別だけど。」
「そんな子いるわけがない。」もし大学生になってから新たな友達ができたとしたら別だけど、予備校でそんな友達と出会えるようには思わなかった。それに、同窓会で再会した友人たちは誰も彼女の今後を知らなかったし、心配していた。

彼女の二浪が決まった時を思い出した。親に言うのが辛いって言ってたのを思い出した。今もまた同じことになっているのかもしれない。でも、今日なら聞ける。今日は前期試験の日なのだから、今日はどうだったかって聞けばいいんだ。そう思い、家に帰った後久しぶりに彼女にメールを送ることを決めた。


彼女にメールを送ろうと文面を悩んでいた。聞きたいことはいっぱいあるけど、何を書いていいか分からなかった。
彼女がどういう状態なのか全くわからない。故にすべての可能性を想定してその上でどの場合でも彼女を傷つけないような内容を送らなくてはいけない。落ちているという想定で文章を送るのは失礼だし、受かっている想定で文章を送るのも、相手にとって負担になるかもしれない。「お久しぶりです。雫です。」という一文を書いたまま続きを書いては消してを繰り返している。
私が彼女に言いたいことは何だ。二年間頑張ったねとか?頑張ったことだけを褒めてどうする。こういうものは結果があってその上で頑張ったことを評価するものだろう。Zはそこをきっとわかっているもの。そこだけを評価したって駄目だし偉そうだ。何も頑張っていない私が何を言っているのだ。
私がZに伝えたいことってなんだ。やりたいことがあってそのために頑張ることが出来て、そんなZは私にとっては眩しくてかっこよくて特別で、尊敬して、そんなあなたのことが誇り・・・だとか?一年もやりとりしてないのにいきなりそういうの送るの気持ち悪くないか。考えろ、無い知恵絞って考えろ。私は全然優しい子じゃないけれども、今だけは地球上で最も優しい文章を考えなくてはいけないのだ。すべての可能性に対して優しい文章を考えなくてはいけないのだ。今こそ文学部の学生として学んだことを活かすべきではないのか。

父がチラリと私の携帯を見て「あんまり長い文章をいきなり送るとキモいぞ」と釘を差した。
冷静になる。何この文章キモい。きっとこれはあれだ。深夜のテンションで溢れる思いを書いちゃってるやつだ。

観念して私はgoogleで「浪人生 励まし メール」で検索をした。ああ、私は何をやっているのだろう。本当に一番伝えたい人に対して、考えることを放棄して、安易に検索している。これでも一応文学部の学生なのに、何を学んできたのだろう。自己嫌悪する。
浪人生に送ってはいけないNGワードなんかを見ていて、その中の「浪人生は孤独との戦いです。」という一文が目を引いた。
「浪人生は孤独との戦いです」
そうだ、Zちゃんは孤独にずっと戦っていたのだ。近況について何も聞かなくてもよかったんだ。センターの前日だとかにたった一言頑張ってねのメールを送っていたら、彼女の心を暖めることができたんじゃないか。何をやっても追い詰めてしまうんじゃないかとか、何も頑張っていない私が何を言ってもダメなんじゃないかとか、そうやって彼女から逃避していたのは私で、その行為が結果彼女を孤独にしてしまったんじゃないのか。私は自分の二年間を振り返った。安穏と、何の疑問も持たない子豚ちゃんみたいな目をして過ごした自分の二年間は、彼女にとっては苦しい孤独の二年間だったのだ。取り返しもつかないことを私はしたのだ。私はずっと間違っていたんだ。彼女の二年間を想像した。
「センターはどうでしたか」という文章を書いた後、ああだめだ、こんな直接的な言葉を使って聞いてしまってはいけないと削除する。私は彼女に何を聞きたいんだろう。私は彼女に何を言いたいんだろう。どんどんどんどん文章だけは長くなるのにこの言葉の中に私の気持ちがない。補足しようとしてさらに付け足していけばよりもっと私の本当に伝えたいことと離れていく。私の文章では本当に伝えたいことを伝えられないのだと思うと悔しくて、なぜだか涙が出てしまった。
(私には本来の問題から乖離させて自分の中の問題にすり替えて思い悩んでしまう悪癖がある)

ずっとメールを打つことを考えていたけれども、「もうメールをやめて、電話をかけてみようか」と思い立った。一年も連絡をしていないし、しかも仲の良かった頃からそんなに電話をしたことがなかった。突然すぎる。でも「電話をしよう」と思い立った時、むくむくと彼女の声を聞きたいという気持ちが働いて、衝動的に二階に駆け上がった。
電話をかけたら、ワンコールで彼女は電話に出た。電話口の声は少し低く聞こえたけれど、それでも私の知っている彼女の声だった。
「お久しぶり。雫です。本当はメールで送ろうと思ってたんだけど、なんか長すぎて気持ち悪いことになったし言いたいことがまとまらなくなったから電話にしたよ。いきなりでごめんね。」と言い訳がましく私は言った。

私が聞きたくてたまらなかった近況を彼女はあっさりを教えてくれた。三つの大学の滑り止めに合格していること、センターの点数、前期試験の手応え、明日は面接試験があるのだということ。
「浪人は今年で終わり」という言葉を聞いた時、強い安堵感と多幸感を覚えた。
空白だった一年の月日が電話をすることで軽く飛び越えられていく。成人式の話だとか、受験で起こった出来事についての話、いろいろな話をした。Zが「香川の大学を受けた時に昼ごはんにうどんを食べようと思ってうどん屋さんに入ったら、店構えは普通なのに中に入ったら薄暗い店内にミラーボールがキラキラしていて、椅子の足元には間接照明。店主はホストみたいな髪型してて(服装はうどん屋)、『あっ私入試前日にホストデビューしてしまったと思った』という話をしていてそれを聞いて
「ああやっぱりZは何か持ってるんだなあ。普通入試前日に入ったうどん屋がそんなホストクラブみたいなことになってないもん」と笑った。
「入試が終わったら遊ぼう」と向こうから誘ってもらえた。勿論だと請け負った。これからは今までみたいに当たり前に遊べるんだ。いろいろな思い出をこれからも作っていけるんだ。そう思うとこんなに嬉しいことがあるだろうかと思った。

「今日ね、数年前にZと一緒に行ったナゾのパラダイスに行ってきたんだ。」と話した。
「懐かしいなあ。行きたかったなあ。」と言って二人でナゾのパラダイスの話をした。

その時私は緑の大きな斜面に白い水仙がどこまでも広がっている昼に見た光景のことを思い出した。そして気づいたのだ。全ての事象は全て今に通じているのだと。
高校生の時にナゾのパラダイスに入ろうとしてやめたこと。高校卒業してすぐに二人でナゾのパラダイスに行ったこと。ブログの記事のために今日もう一度ナゾのパラダイスに行ったこと。そしてその今日が大学の前期試験の日でもあること。祖父の死と蟹料理、祖母が今日が前期試験の日だと知っていてそれを口にしたこと、父が「お前はもう友達じゃないんだ」と言ったこと‥‥それら因子の一つ一つの作用によってこの美しい今日を構成されているのだ。すべての出来事は全部全部今日の伏線回収のためで、しかもこの物語はまだ続いている。そう思ってしまったら、秘宝館であるはずのナゾのパラダイスすらも欠けてはならない大切な要素で、美しく思えてしまう。単純でしょうか。