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集合住宅

蛇の道はheavyだぜ

教室

(まず最初に近況報告をすると、就職が決まり先日大学を卒業しました。

地元での就職が決まり、現在実家にいます。春からは社会人です。

実家の掃除中、高校生の時に書いた落書きが発掘されたので、懐かしいから書いておきます。特に大したことが書いているわけではありませんが、当時の自分でないと書けない文章かなあと思います。)

 

 

私の言葉はあぶくのようだ。

『この文章はおしいです。必要な単語が一つ抜けています。』と先生に言われた。

私は少し考えた後、differentの後にfromが必要だったのだろうかと思った。

『フロム』と自信なさげに小さな声で呟いた。先生はそれでもdifferentの後の言葉が足りないと言った。

『フロム』とまた自信なさげに、さっきよりももっと小さな声で呟いた。

もしかしたら、fromではなくて別の答えなんじゃないだろうか。だから私の答えに何も言わずに、望む答えを待って問い続けているのだろうか。ならその答えはなんだろう。もしかしたら私は二度も違う答えを言ったんだろうか。

このまま黙り続けて別の人にあててくれたらいいと思うが、この女教師がそういうことをしないのは私がよくわかっていた。

でも私にはfrom以外の答えが見つからなかった。もしかしたら先生に聞こえていないのかもと思ったが、間違った答えを連呼することになるのだとしたら恥ずかしくて出来ない。

女教師の問い続ける言葉と教室の沈黙が私の声を奪っていく。

そして彼女は『differentの続きは……』と言って、黒板に『f』と『r』を書いた。

fromだと私はわかった。そして私は間違った答えを言っていたわけではなく、ただ自分の声が聞こえていなかっただけだと気付いた。

でも、私はちゃんと答えた。どうして二回言ったのに相手には届かなかったんだろう。八つ当たりに近い怒りと、もしこれで答えたらヒントを出してようやくわかったように思われるような気がして、あえてしばらく黙っていた。

それにいくら私が馬鹿とはいえ、親切すぎるヒントにも腹を立てていた。

 

私の言葉はあぶくのようだと言うひどく感傷的でロマンチックな言葉が頭によぎった。

女教師には聞こえていなくても誰か、私の近くに座っている人が気づいてくれて『稲森さんはちゃんと答えていました』と言ってくれるのを期待した。

でも私の声は聞こえていなかった。

私がちゃんと言ったつもりだったfromは、本当は自分にだけ聞こえる幻聴で、元から声など発していなかったんだろうかと思った。

その時隣の席の女子の笑いをこらえる声が聞こえた。その女子は誰かとよく授業中に話す人なので、もしかしたら会話の内容を笑っていたのかもしれない。

しかしあの閉塞感のある教室の中にいた私は、『あいつは女教師があそこまでのヒントを出しているのに、答えがわかってないと思ったのではないか』と思い苛立った。

観念して『フロム』と教室を切り裂くような鋭い声で言った。

その言葉はもちろん女教師に届いた。

 

言った後で私は思った。最初に言った時、私はその答えをちゃんとわかっているわけではなかった。ただなんとなくそう思っただけで、その答えに自信がなかった。それでいて私は、教室の中で間違え続ける勇気もなかった。

だから周りをはばかるような声でフロムと言ったのではなかったか。私がはっきり答えていたなら、こんなことにはならなかった。

私はちゃんと答えていなかった。それなのに私は『ちゃんと答えたのに』とへそを曲げた。そんなくだらない自尊心で黙りこくった私を彼女は嘲笑したのではないか。

そんな卑屈な気持ちにさいなまれる。私の言葉はあぶくのようだ。『フロム』を泡にしたのは先生なのか。それとも私の臆病な自尊心と尊大な羞恥心なのか。