集合住宅

蛇の道はheavyだぜ

同窓会に行ってきた

同窓会に行き、久々の人たちと会ってきた。会場はKという場所。
ちなみにこのKの別館はかつて谷崎潤一郎が滞在し、蓼食う虫を執筆した所らしいので、面白いなと思った。(蓼食う虫には淡路人形浄瑠璃が出てくる。そして私の髪は人形になる。縁がなくもないよね。)

同窓会には私の友人が出席する。だから成人式会場のような居心地の悪さは感じなかった。
出席していたのは、以前私に『味噌汁を炭酸で割りたい』とか『銅像にブラジャーをつけたい』『バケツゼリー食べたい』だとかを言い出して私をその気にさせた問題提起系女子の友人と、以前だらだらと人間関係について書いたときに出てきたBと、今までこのブログには出てこなかった友人(以下C)の三人だ。

問題提起系女子(以下S氏)とは中学・高校の時よりも、卒業してからの方が仲良くなって親密な話をするようになった、不思議な仲である。卒業後も定期的に会っていた友人は彼女だけである。来月もまた、彼女のいる鳥取へ遊びにいく予定だ。



見た目が大きく変わっている人は、あまりいなかったように思う。何も変わっていなくて、物凄く自然にあの頃に戻れる。
同じ学校に通っていたという共通項があるからか、皆に対して優しい気持ちを持てている自分に気づく。かつての激しい感情なんてもうない。大人になるってこういうことなのかもしれないなと思う。

以前から話してみたいと思っていたシンガーソングライターを目指して東京へ行っている人と、物凄く自然に、当たり前みたいに話すことができた。在学時代なら絶対にこんな風に話せない。
他にも今まで話せなかった人と、少し話すことができた。凄く価値があったと思う。


成績が悪く態度もあまりよくなかった私は、あまり先生にとって印象に残っていない生徒だったようだ。稲田さんだっけと言われる。私は稲森です。
(以前人間関係についてうだうだ書いたときに出てきた)Aさんは来てないのかと聞かれる。『Aさんは成人式みたいなイベントが嫌いみたいですよ』と答えた。

卒業した後もAは学校に呼ばれて、受験体験記を後輩の生徒たちを前にして話したと聞くし、今でも彼女は優等生で先生から好かれているのだなと思った。多分私がいなくても、稲森さん来てないのねなんて先生方はきっと思わない。



お酒を飲むと自分の友人がどういう変化を遂げるのか知れたことが面白かった。

Sは酔うと無敵になる。本当は物凄く面白い人なのに普段は大人しくしていて、自分の面白さを隠している。
そんな彼女が明るく陽気に色々な人に話しかけに行っていた。

突然『眼鏡を7つ集めたら願い事が叶う』とまるでドラゴ○ボールのようなことを言い出した彼女は、眼鏡狩りを開始していた。3つ程どこからか眼鏡を集めてきたらしく、私に見せてくる。本当は女の子の眼鏡を欲しかったらしいが、当てにしていた眼鏡っ子が眼鏡をやめてコンタクトになっていたので、妥協で男子のものを集めたらしい。
被害にあった眼鏡男子は『お願いだから返してください』と言って懇願していた。流石無敵。

彼女は、自分が酔っぱらっていると指摘されるのが心外で、自分が酔っていると頑なに認めようとしない。絶対に自分は酔っていないと言い張る。

シンガーソングライター志望の人が、顔が赤いと心配してSの頬に触れようとしたときに
『私に触るな!エロガッパ!エロガッパ!』と罵っているのを見たときは、エロガッパという単語がツボにハマって私は膝から崩れ落ちてしまった。


Cは酔うと人にお酒を薦めるのが楽しくなってくるタイプのようだった。お酒を作りたがるし飲ませたがる。
気の弱そうな理系の男子に、氷を入れたグラスに並々焼酎を注いで笑顔でハイ♪と言って手渡して去って行く様を見て、ああここに悪魔がいるなと思わずにはいられなかった。
『無理しないで、薄めてね』と言ったが、彼は大丈夫と言ってそれを飲んでいた。『頑張って。もしSとCの被害者の会を立ち上げるつもりがあるなら、微力ではあるが私も協力しますよ。』という風なことを言っていたような気がする。


Bは酔うと甘えたくなるらしい。
『この雰囲気に飲まれてみたよー。いやあね、大学入ってこんな風に抱きついたりできる友達いないんだよ。寂しいんだよ。』と言いながら私に抱きついてくる。在学中そんな抱きついてきたことあったっけか。というかお前酔うとそんな可愛いことになるのか。意外すぎるわ。

私は彼女たちよりもお酒を飲んでいた。具体的に何杯飲んだかは覚えていないが、結構ハイペースで飲んでいた気がする。
自覚がないだけだったら恐ろしいけど、私には面白い変化はなかったような気がする。顔色には少し赤みが差していたけれど、いつもとそんなに差はなかった。そういえばパッチテストも無反応だったし、何人かからお酒が強いねと言われたこともあるし、自分で思っている以上に私はお酒に耐性があるのかもしれない。

楽しい一日でした。

成人式に行ってきた 2

流石に市長に物を投げたりだとか、話を聞かずに暴れたりするような人はいなかったが、話の最中にスマホをいじっている女が多く目立ったのには閉口した。
正直市長の話がそう面白くてためになるようには思わないが、その態度はどうなのだろう。ちゃんと聞いているふりだけでもすればいいのに。後ろの花魁ギャルもいちいち煩い。こいつら本当に私と同い年なのかしら。
私は話を聞いているふりをしながら、手話ボランティアの人の手の動きをひたすら見ていた。あの人たちの手の動きが洗練されて見え、面白いと思った。そして、今だけ聴力がなければいいのにと思った。後ろの騒がしい動物の声も聞こえず、静謐な空間のなか手話の意味だけを理解して、この場を過ごせるなら快適だろうななんて。


私の目の前の花魁は、自分の今日の振袖姿の写真を見たり、プリクラの画像をダウンロードしたりしていた。それって今やらなきゃだめなの。そんなに何度も見たって、お前がブスなのは変わらないから安心したらいいのにと心のなかで毒づく。こんなことを言うと失礼かもしれないが、少なくとも数十人以上はいる花魁姿の人のなかに、美人は一人しかいなかった。ほとんどが面白いぐらい露骨なブスだった。

上には上がいるし同様に下には下がいるものだ。私は自分よりも明らかにブスで、さらに気が強くて自分に自信がありそうで、その上趣味が悪い(私視点から)という三つを兼ね揃えたスーパーブスに対して手厳しい。
もし私があなたのような顔に生まれてきたら、そんなに自信をもって生きていけないし、もっと明るいところは歩かずに人目を避けて生活すると思う。その顔で自信をもって生きていけて、そんな悪趣味な格好が出来ちゃうなんて、あなたって幸せね。なんて思ってしまう。
ある種その考えはコンプレックスの裏返しでもあるので、めちゃくちゃ性格が悪い。


式典は思いの外だらだらと長引き終わらなかった。挨拶とビデオレターよりも、実行委員が主催する抽選会によって長引いたように思う。終わったのは四時半ぐらいだったか。

知人以上友達未満の人が連れていた友達…‥という今日知り合った他人以外の何者でもない人から、一緒にプリクラを撮ろうと誘われたのだが、時間の都合上難しいと判断し断った。この後同窓会に出席するし(同窓会は6時半から始まる)、一度戻って服を着替えたり、髪を切る時間が欲しかったからだ。それに、今日初めてあったその子と撮る写真にさほど価値があるように思わなかった。
だから私には、友達は勿論、同じ振袖姿の誰かと一緒に写っている写真が一枚もない。一人で写っている写真と、家族で写っている写真だけ。ちょっと寂しいけど、まあいいか。これがぼっちや!

式典が終わった後は足早に会場を去った。ホール内はだらだらと意味もなく立っている人々が無駄にたくさんいるため、その人たちの間をすり抜けて、なんとか出口を目指す。
彼らは久々に逢った旧友と話を弾ませたり、晴れ姿を写真に収めていた。ああ、この海を割りたい。この時ほどモーゼになりたいと思ったことはない。
私には、ここで話に花を咲かせたい友達も、一緒に写真を撮りたい友達もいない。天人の羽衣を着たかぐや姫が、何の思い煩いもなく月へ帰っていくように、私は足早に去る。
同じように出ていこうとする男性の作った道を、ちょこちょこと付いていって私も通った。


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父の車に乗り込んだら、家の近くの床屋さんに戻り、振袖を脱いだ。持ってきていた服を着て、髪を切ってもらう。一番長いところだと30cmぐらい。一度にこんなに髪を切る人はそういないそうで、理容師さんから『貴重だから切った髪を淡路人形浄瑠璃の団体に寄贈してもいいか』と聞かれた。
私の髪が知らないところで人形になっていると思うと面白い。私の切った髪が無駄にならずに、何かの役に立つのなら嬉しい。使えるだけどんどん貰ってくださいと快諾する。
以前からやりたいと思っていた髪型にしてもらう。父からは真木よう子みたいな髪型だと言われた。真木よう子木村カエラばりに髪型の変化に忙しい人だから、そう言われてもあまりピンと来ない。
私がもともとショートカッ党の人間なのもあって、自分のショートヘア姿をとても気に入っている。でも他の人の反応はどうだろう。ちょっと怖いな。

成人式に行ってきた

私の朝は成人式にもかかわらず、あまり早くない。一年前から、近所の床屋さんに着付けと髪を頼んでいたので、8時に着けば良かったからだ。

 

髪型は、お団子の中に詰め物を入れてくれていたので、髪にボリュームを出してもらえ、前撮りの時よりも私のイメージしていた髪型に近づけてもらえた。


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前撮りを見た祖母が、「襟が白い襟だと少し首元が寂しい」と言って刺繍襟を買ってきたのでそれを着けた。

私は、自分がこだわるものには徹底的にこだわるのだが、興味がないものにはまったくの無頓着だ。そもそも刺繍襟にさほど魅力を感じていないので、正直白でも刺繍襟でもどちらでもいいとすら考えている。草履や鞄も同様で、適当に選んでいる。爪にもあまり興味がないので、そのままにしてある。

(個人的に、靴と爪にこだわる人はものすごくおしゃれに思う。本当におしゃれな人は細部にこそこだわるような・・そんな気がする)

 

着付けが終わり、まず父方の祖母の家へ挨拶に行く。振袖姿では車の運転ができないので、父がずっと運転をしてくれていた。

父方の家に、祖母と伯母と叔母夫婦が集まってくれた。祖父がいないこの家で一人で祖母は住んでいるのかと思うと、この家が寒くて広すぎるように思った。

祖母が椅子を出してきてくれ、私はそれに座る。

(親の兄や姉に当たる人は「伯父・伯母」を使い、親の弟や妹に当たる人は「叔父・叔母」を使うと最近気づいたので、使い分けてみている。分かりづらいかもしれないが、得た知識はなんとなく使いたくなるものなので許してほしい。)

 

叔母が私に花束をくれた。なんでも、式典終了後には花束を持って歩いている新成人が多くいるらしく、持っていなければその場で浮くということはないがあったほうがいいだろうと判断して、くれたようである。一年前に成人式をやった親の情報はありがたく、振袖選びを早めに行ったのも叔母の助言からである。

ちなみに私のいとこにあたり、叔母の娘である玲ちゃんは、陸上部の後輩から小さな花束3つと、レースクイーン時代のファンから特大の花を2つ、持てないほどの花を貰って右往左往したらしい。だから成人式当日のことは「花束を受け取るのにてんやわんやしてて、花のことしか覚えてない」と叔母は言っていた。

 

次に母方の祖母の家へ挨拶に。式典の時間までおかきを食べたりしてだらだらする。

 

親族たちは私のことを綺麗だと言ってくれた。こういう時に綺麗ではないと言ってくるような人はあまり身の回りにはいないので、実際に私が綺麗かどうかは定かではない。しかし私はこういう言葉は基本的に真に受けて悦に浸るタイプの人間なので、幸せ者である。

 

成人式の会場へ着く。友達は皆隣の市の式典に出席すると聞いていたので、私はアウェーである。中学高校少し話す程度ぐらいだった、知り合い以上友達未満の人とその人の友達(初対面)となんとかにこやかに話し、この場を和やかに終わらせお茶を濁す。

地元ケーブルテレビが取材してきた。テレビに映れば、祖母が喜んでくれると思ったので頑張って答える。インタビュアーから一番近い位置にいたため、3人の中から一番最初に質問を聞かれて答えなくてならないので、ほかの二人のようにシンキングタイムを与えられず、うまく答えられなかった。

母のいとこが使っていた襟巻きを借りていたのだが、異様に存在感がありもふもふしていた。風が吹くとまるで炎のようにめらめらともふもふが舞い上がり、口の中に入ってくる。帯より上の上半身がすべて巨大なもふもふによって覆われていて、私のお気に入りの差し色の青の重ね襟が全然わからない。

久しぶりに会った同級生からかけられた言葉はたった一言、「もふもふすごいな」だった。だよねー私もそう思うわ。あれすごく邪魔だったな。その日暖かかったし、車においてこればよかった。

(ケーブルテレビが取材してきたときも存在感あふれるもふもふをつけていた。悔やまれる。取材後にやっぱりこれ邪魔だなと思って父に預けた。)


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式典が始まった。私の前の席と後ろの席に花魁のギャルが座っていた。「あーこれ、はさみ将棋だったら私死んでたな。」なんてのんきに思う。彼女たちは悪趣味に自分の好きなものを突き詰めている、成人式の風物詩だ。私の住む市は土地柄アレな人が多いのか、他所の成人式会場よりも花魁や袴姿が目立つ。

うっかり前の席の花魁のスマホの待ち受けを見たときに、0歳児ぐらいの子供を抱いている写真だったので「ヴェッ!?」とは思ったかな。 

 

振袖を着ている人は多くいるが、私の視点から見て私よりも素敵な振袖を着ている人はいなかった。自分の趣味を濃縮還元しているから当然といえば当然なのだが、この場に私以上に私の心を動かす振袖を着ている人はいなかった。数多振袖を着ている人が多くいるこの場で私が一番センスがよくて、振袖の趣味がいい。そんな風に思えることなんて今後三十年ぐらい訪れないんじゃないかと思う。

そしてそれはきっと、ほかの女の子たちや花魁たちも、彼女たちの視点から見れば自分が一番華やかで趣味がいいと思っているのだろう。

アニメぐらいは充実してる

平熱になり、随分と体も楽になった。喉に嵐を飼っているために、呼吸を忘れて咳に勤しまなくてはいけないが。
にしてもインフルエンザというのは実に多芸だ。私を飽きさせないためか、発熱頭痛だけでなく、咳や鼻水など多種多様にもてなしてくれる。尤も、謹慎のように自宅待機をずっとしていて、私はもうとっくに色々と飽きているのだけどね。
起きたら昼になっているのだけれど、昼から夕方にかけての時間何をやっていたのか夜になると全然記憶に残っていない。一日が短くて、あっという間に夜になっていて、何だか薄い日々を過ごしているなと思う。

発熱中は諦めていたので数日お風呂に入っていなかった。そのお陰か私の髪はごみ捨て場のカラスのような、不潔な艶やかさを放っていた。お風呂に入って汚れを落としてすっきりする。
久々に鏡で自分の姿を見たら、顔の色は沈んでいるし唇は痛々しいことになっていた。
鏡の前にいるのはただの一匹のブスだった。夜は今日も長い。

心身辛いときに、追い討ちをかけるような態度をとってきた店長に腹を立てていたが、冷静に考えれば私にも落ち度はあった。私はインフルエンザの予防接種をしていなかったし、万全の予防と対策を講じていた訳ではなかった。
それに、私が休むことで店長そのものには迷惑はかからない。むしろ私に優しい言葉をかけてくれた、同じバイトの人やレジの人達に迷惑がかかっているのだと思うと申し訳ない。考えなしに愚かなことを色々と口走ってしまって、赤面している。

インフルエンザは学校指定伝染病であるので、5日間の登校禁止になる。だから私は人よりも少し長い冬休みを得ることになった。その間に何とか課題を終わらせなくては。


今期から始まるユリ熊嵐の展開をとても楽しみにしている。一話ではまだ色々とわからないことも多いが、イクニの独特の雰囲気があることはわかる。OPだけで百合成分が濃くて不道徳な雰囲気を持つ内容であることが存分に発揮されている。何年か前に放映されていた輪るピングドラムも私の好きな作品だ。期待できそう。


あと私が今とてもハマっているのがセーラームーンなのだか、そのセーラームーンシリーズディレクター幾原邦彦氏が務めているしなかなかご縁を感じる。

今再放送で追って観ているのもあって、けして全話観たわけではないのだが、セーラームーンSは特に面白かったように思う。Sが終わってSSになってOPとEDが変わってから、改めて終わったことを実感し夏が終わったような物悲しさを覚えている。セーラームーン、特にセーラームーンSについては浅い知識ながら、書きたいことが色々とあるので機会があればいずれ書けたらと思う。

初めてクラブに行ってみた話 2

ここからはクラブで思ったことを箇条書きにしていこうと思う。

①何せ音量が大きいから、話したいという気持ちを失せさせる

人と話す際、耳元で大きな声で話さなくては聞こえない。だから私は携帯を取り出して、文字を見せて意思表示をしていた。その方がスマートに伝えられると思ったし、何より言葉を口に出すことが面倒になっていた。
人が多くてどうしても肩が触れたりするし、何かを伝えるにも耳元で話したりしなければいけないし、人との距離感が近いのが仕方のない場所って感じだった。

②めちゃくちゃ絡まれる

『この子なら何かしらの反応は得られる』と分かられてしまうのか、異様に絡まれていた。見た目はギャルっぽくしていたが、中身は内気なコミュ障のままなのがバレていたのだろうか。横にいる友人はあまり絡まれていなかった。(金髪で話しかけても無視されそうな雰囲気を友人が持っていたからかなと思う。)
『無視をするのが適切な対処』とは知ってはいたのだが、実現することの難しさを痛感する。
彼らの絡み方も凄い。距離感が近い。いきなり肩を組んできたり、人に押されたときに腰を支えてきたり、顔をこちらに近づけてきたりする。俺に触るな、火傷するぞ。軽い拒否をすると彼らは深追いをせず、離れていく。その点非常に心得ているのだろうと思った。しつこく絡んできたのは、ますだおかだの岡田似の男ぐらいか。
私に絡んできた後に間髪いれずに目の前の女の子にアプローチをして壁ドンをしていた人には『プロはすげーな』と思わざるを得なかった。そして目の前の女の子もまんざらではない様子。
ただ色々な人に絡まれ、一人一人に対応していると物凄く疲れてくるし、クラブにいる誰とも関わりたくないという気持ちが募ってしまった。

③音楽に合わせて体を動かすのは楽しい

多分ここで流れている音楽は『オールジャンル』というものではないだろうか。クラブミュージックに明るくない私でも、聞き覚えのあるような曲が何曲かあった。カンナムスタイルとか、サンバっぽい音楽とか、ONE DIRECTIONのなんかのCMで使われてた曲とか。(知識のなさがひどい)
体を動かしているときは音の大きさもそこまで気にならない。長くいるとその爆音の中に馴染んでくるのかもしれない。(クラブから出ていってしばらくは音が遠いような感覚があって、つい自分の声が大きくなっていた。耳の遠い老婆がだんだん自分の声が大きくなる現象と同じものを感じた。)
皆が盛り上がっているしそこが非日常的な空間であることもあって、私も高いテンションでいた。場の一体感なんかを楽しむ場なのだと理解した。

④一緒に来ていた友人

踊っているときにスタッフから『シャンパンを今なら無料で飲めるのでこちらに来て』と言われ、この群衆に内心うんざりしていた私は友人と共にダンスフロアから離れた。
バーカウンターに移動したときに友人が私に抱きついてきた。彼女だけが唯一の同胞のように思えて、強い安心感があって、私も抱きしめ返さずにはいられなかった。
そうしていると、別のスタッフの人が寄ってきて『ここで抱きつかないでください』と言った後、友人を連れて外へ出ていってしまった。何があったのだろう。禁止行為をしたからしょっぴかれてしまったのだろうか。私は困惑した。一人残された私は、サバンナに置き去りにされたペット犬ばりに心細い気持ちになった。
階段を上り後を追うと、スタッフから『泥酔しているようだったから、外に出して休ませている』と言われた。私に抱きついている様子が、泥酔の成れの果てだと勝手に思われてしまったらしい。泥酔なんてしていないし誤解なのだが、この大音量の中では弁解のしようもなかったし、意味もわからないまま連れ出されていたからどうしようもない。
寒空の下で二人で凍えながら入場を待った。(コートはロッカーに預けたままだ)

友人にはもう少し話していたい人がいたらしいが、私が無理に呼んでしまったためにあまり話せなかったようだ。その時私はあまりにも人と関わりたくなさすぎて、もう心が鎖国状態にあった。もうクラブの楽しみ方はだいたいわかったからもう帰りたいと思っていた。しかし友人はまだここに居たいと思っていることを私はわかっていた。ああ、この子はもっとここにいたいと思っているのかと思うと心に小さな疎外感を覚えた。
結果、私の方がもう帰りたいと言って深夜1時に店を出たのだが、申し訳ないことをしたなと思う。でももうお腹いっぱいだったの…

⑤えげつない人口密度
満員電車がどうして不快なのか。それは人が自らのパーソナルスペースに入ってくる感覚があるからだ。満員電車の世のお父さんはこんな気持ちで通勤しているのだろうか。人に押される。誰かと肩がぶつかる。不快。
空調はぬるぬるとした蒸し暑い温度設定。空気も一度誰かが吸った後の空気をそのまま吸っているような感じがして、とても不快だ。煙草を吸っている人の煙や天井から噴く煙によって、目の前がもやもやし、カラフルな色の光たちが遠くに揺らめいて見える。踊り疲れて意識にも霞がかかる。
人波に押し潰されそうになるとき、私の脳裏にはテレビで見たあるニュースが思い浮かぶ。養鶏場の鶏たちが、雷鳴の恐怖でパニックを起こし、相互に踏みつけあって圧死した話だ。

⑥流れている音楽はわりと好きかもしれない
クラブミュージックは結構好きかもしれない。曲に法則性があって、知らない曲でも次の音がどんな感じかだいたい予測ができる。所謂『ノレる曲』とはこういうものなのだろう。もっと人口密度がましで、あんまり男性が一方的にこちらに干渉してこないクラブがあるなら、また行ってもいいかもと思う。でもここはもういいかな。

⑦やっぱり凄い場だなここは
目の前で男女がキスしてた。事前に御子柴清麿氏のブログを読んで、そういうことがあると知っていたので、『ああこれ!真剣ゼミでやったのと同じ問題だ!』感覚で見てた。

⑧楽しんでいる時に襲ってくる物凄い冷静な気持ち
一定の期間をおいてDJが言う『改めましてハッピーニューイヤー』
それに対して叫ぶ群衆の『イエーイ』という掛け合い。
(どこのDJも同じなのかは定かではないが、ここのDJはアドリブを言って、人々を盛り上げようとしているようだった。)

何回繰り返すのだろう。何が楽しいのかな。彼らはこのまま朝までずっとこんな生産性のない繰り返しを、夢が覚めないまま続けられるのだろうか。
無心で楽しんでいるときに私の心に入ってくる、このフロアを亡霊のように鳥瞰している物凄く冷静な私。
体力がないため、疲れてくるとより頭が冷静になってしまう。光に酔い人に酔い音に酔っていた。
光る棒を持って垂直にジャンプしている私を鏡越しに見た時、『私アフリカの部族みたいだな』とか考えていた。


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瞬く熱帯夜

一人暮らしをする前は、熱を出すのは嫌いじゃなかった。学校を早退出来るし、皆心配してくれたからだ。 熱を出しているときだけは親はとろけるように甘く優しくしてくれたし、私はとろんとただ素直に甘えていればよかった。

ちょっとしたワガママも聞いてくれたし、食べたいものを作ってくれた。私は風邪をひいているときに食べる母の作った卵雑炊が好きだった。葱とふわふわの卵だけのシンプルな具材が入っていて、ヒガシマルのうどんスープのもとを使って作る。 熱に火照っているときに母の冷たい手がおでこに触れる感覚も好きだった。
 
 一人暮らしをするようになってから、風邪をひいてもいいことなんか何もないなって思うようになった。熱を出すと気弱になってとても辛くなった。弱音ばかり吐いてしまう。
『咳をしても一人』という言葉があるが、それをひしひしと痛感する。
『風邪をひいたら卵雑炊を作ってくれた親はいないのだ。しんどくても誰も何もしてくれないから自分でやるしかないのだ。』という気負いだけがくるくる回る。物凄い孤独感に苛まれる。 
 
昨晩微熱を出した。明日の朝には下がっていて欲しいという思いも虚しく、微熱だった。熱があがりかけの状態が最もしんどく、頭が重くてベッドから起きられない。今日はアルバイトを七時間任されている。今月一人辞めて、さらに一人今インフルエンザで休んでいる。人手が足りなくて七時間を任されているのに、『休みたい』と言うのはとても心苦しかった。 
 
風邪を引いた心当たりはいくらかある。食生活、睡眠不足、クラブで薄着で外で待たされたこと。 スーパーに電話をすると、店長に繋がれた。正直他の人がよかったなと思いながらも、熱があるので休みたいという旨を伝える。 
店長は私に聞いてきた。『何時からや?』と。 
『10時から17時まで。七時間です。』
 店長は『人手が足りないから七時間任されてるんじゃないのか』『今日困るねんけど』『どうしても来られないのか』『少しなら働けないか』と食い下がってきた。正直、もっとスマートに休ませて貰えると思っていたので面食らった。 
『出来ないです』『無理です』と言うのが辛かった。アルバイトであっても、七時間を任されているのだから責任はある。私の自己管理に問題があって風邪をひいたのだから、そんなのスーパーには関係がない。風邪をひいたら無条件に甘やかしてもらえた時代はもう終わったのだ。『風邪をひいたのは自己責任』の時代なのだ。 『お大事に』の一言もなく、『まあわかった。月曜日には出れるように治しといてな』という言葉で電話は終わった。 
ただでさえ風邪で弱気になっている時に、店長の言葉たちは私の心に追い討ちをかけた。 私を責めたり、来させようとする言葉よりも、もっと言わなければならない言葉があったはずだと思う。 
 
『病院に行ってインフルエンザかどうか検査をしたのか』を聞くべきではないのか。 万が一私がインフルエンザだったら、他の店員やお客さんにうつして潰してしまうことを考えないのだろうか。インフルエンザではなくただの風邪だったとしても同じだ。 私のことはいいが、他の人のことをこの人は何も考えていない。ただこの人は『今日私に休まれると困る』という、『今日』のことしか考えていない。人のことをちゃんと人間扱いできない、他者への共感性の低い人物なのだと軽蔑した。 私は、熱を出していても無理をしてバイトに行くことを美談だとは思わない。他の人にうつすことを考慮していない、自己満足の行為に思うからだ。
しかし、私はすぐにもう一度電話をかけ直し、店長に繋いでもらった。今日休むことが辛くて耐えられなかったからだ。彼の第一声は 『昼からこれるか?』だった。相変わらず、本当に聞かなければいけないことを聞いてこない。呆れた。 『提案なのですが、まずインフルエンザかどうか調べてもらってきて、そのあとでスーパーに行ってもいいですか。流石に当初の7時間は働けないので、短くしてください。人手が足りないの分かってて流石に私も休めないです。』と言った。
 
こんなの、私の意思じゃない。ただ耐えられなかったから働くのだ。責任感に基づいた行動でもあったが、中にはどす黒い感情があった。 『こんなの、私の意思じゃない。だから万一他の人に風邪をうつしてもそれは私のせいじゃない。無理矢理来させる判断をした店長のせいだ。私はバイトに行くのではなく、細菌テロを企てるためにスーパーに行くのだ。』と。 私は店長の態度が気に入らなかったからスーパーに行くのだ。ある種の反骨精神だった。 
 
一月三日はどこも内科が休みで、その日やっている病院は家から二キロ離れていた。そこまで自転車で頑張って行く。 とてもその病院は混雑していて、診察に二時間待った。インフルエンザか調べてもらったが、陽性反応は出なかったので安心した。(インフルエンザでも反応が出ないことがあるので、インフルエンザではないと断言はしないと先生は言っていた) スーパーに着くと、私が来たことにレジの責任者や副店長は驚いていた。 『大丈夫か』『インフルエンザかどうかは調べたのか』『1月3日にあいている病院はあったのか』など、私の聞いて欲しいことをちゃんと聞いてくれた。 『しんどくなったら無理をせずに言ってきて』という優しい言葉をかけてくれた。 あのときの電話の応対を店長以外の人がやってくれてたら、私はバイトを休んでいただろうなと思った。 
バイトは1時半から5時半まで。1時半から2時ぐらいまでは体が温かい感覚があって、そんなに辛くなかったが3時ぐらいが一番しんどかった。ぶるぶると寒くなったような心地がした。 『大丈夫?』と聞かれたとき、力無い声で『大丈夫です』と言った。ちょっと無理をすれば出来ることは大丈夫に入ると思った。風邪なんか何回もひいてきてその度に治してきたのだから、大丈夫。甘えたことを言ってはいけない
 
お客さんも私の体調を慮ってくれた。私は嬉しかった。 
買い物をして、家に帰ったらしんどくて何もする気が起きなくなった。熱を測ったら前測った時より上がっていた。もみじ饅頭を一つ食べ、林檎一つ丸かじりしたら、後はこたつで死んだように眠った。 
真夜中に目が覚めたとき、途方もない空しさに襲われた。いい歳して泣いた。じわじわと滲むような涙だったが、口の中まで塩辛かった。頭が芯から熱くなって、熱が上がっているような感覚があった。 
風邪なんかで泣くなんて駄目だなあ。私はもう二十歳で、成人で、風邪は自己責任で、誰にも甘えちゃいけないのに。もっと一人で生きていく強さがなければいけないのに。私にはまだ子どもの頃の甘えた気持ちが残っているのだ。 熱を測ったあと、また眠った。
(今日高熱が出たので病院に行ってインフルエンザか調べたら、陽性反応が出ました。)

初めてクラブに行ってみた話 1

私たちが行ったのは神戸三宮にあるLARUSというクラブだ。そこを選んだのは、
『大阪は何となく怖い。でも三宮なら土地勘もあるし大阪より敷居が低そう。』という同行する友人の判断によってだ。クラブには音楽を楽しむ音箱と、ナンパを目的としているナンパ箱の二種類があるようだが、このクラブがどちらのものなのかはわからない。クラブの規模についても、今回が初めてなので比較対象が無いためわからない。でもダンスフロアは小学校の教室ぐらいの広さだったので、あまり広くなかったと思う。

まず外で身分を証明できるものを提示して、カードを貰う。貰った後は階段を降りて受付へ行き、そのカードを渡し、お金を払う。金額は1500円だった。(男性の値段はわからぬ)
その後でロッカーにコートや荷物を預ける。
http://starmix2.blog97.fc2.com/blog-entry-149.html


持ち物に関してはこのブログを読んで参考にしていたので、私も友人もショルダーバッグを持っていた。あれなら両手が空くし邪魔にもならないのでいい感じ。

ロッカーに荷物を預けたあと、クラブに足を踏み入れた。
薄暗いフロアには、色とりどりのレーザービームみたいな光が差していた。音量がとても大きくてうるさい。音楽にかき消されて人の声が全然聞こえないので、人の耳元で叫ばなければいけない。体に響くようなビート音が心臓に悪い。入って15分ぐらい経ってから思ったのが、『もう十分雰囲気はわかった。帰りたい。』だった。
ここで楽しそうにしている人たちは私と同年代または年上のはずだ。しかし何であんなにテンションが若いのだろう。

おろおろとしている私たちに、女性のスタッフが話しかけてくれた。『LARUSは初めてですか?』と。『クラブ自体が初めてだ』と答えると、彼女はクラブのことを説明してくれ、光る棒を渡してくれた。親切だ。二本貰って振り回して遊ぶ。




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↑薄暗くて分かりづらいが、クラブの写真だ。

とりあえずクラブの雰囲気を味わおうと、お酒を買うことにした。きょろきょろと見渡すと、バーテンダーがすっ、っと手で私たちを誘導した。大音量の中では無音の行動が光って、洗練されて見える。彼は髭を生やしてロングヘアーの髪を後ろに束ねているが、とても清潔感がある。私はチャイナブルーを頼み、友人は『甘くて美味しいのください』と頼んだ。バーテンダーは指で『600円』と伝え、カクテルを作っていた。あの人の対応がとても素敵だったので、まだこのクラブに対して頑張ろうと思えた。このクラブのMVPは間違いなく彼だ。
私の目的は友人とカウントダウンしながら年を越すことだ。とりあえず12時まではここにいようと心に決める。

チャイナブルーを飲み干した後、勇気を出して踊る群衆の中に私も混じった。クラブについて思ったのが、踊っている人はいるものの上手に踊っている人はいないなということだ。ただ音楽に合わせて体を揺らしたり跳び跳ねたりするだけでいい。もしプロみたいに上手い人ばかりが集まって踊っていたら、我々は萎縮して踊れなかったように思うから、敷居が低くて助かった。
あと、イケイケな見た目の人ばかりだろうと想像していたが、普通の格好をしている人もよくいるなということだった。(比率で言えばイケイケよりも普通の人の方が多かったかも)
年齢層は比較的若い人が多い。
友人のように生足を晒していた女子はいなかったように思う。いても少数だったのかな。

(続く)