集合住宅

蛇の道はheavyだぜ

葬式前夜

お通夜は30分程で終わる。おじゅっさん(※ご住職の意)がお経を読み、参列者は焼香をしたり真言を繰ったりする。
(真言宗のお葬式であることや地域的な特色など、その点私にとって興味深かった。)

その後は親族の控え室で、葬儀会社が用意してくれたオードブルやお寿司を食べる。お酒やお菓子やジュースなども用意されている。社交的な父は、遠縁の親戚の接待をし、お酒を勧めたりしていた。(お葬式は遠縁の親族や招いた来賓に対して気を使わなくてはいけないもののようだ。大変だなあと他人事のように思った。)

どれだけ悲しいことがあっても普通にお腹がすくし、パクパクとものを食べることのできる図太さと強さが自分にはあるのだなと思った。それが少し悲しかったけど、それが自分のいいところなのかとしれないとも思った。

食事が終わり、参列していた母方の祖母を車で送り届けた後、また葬儀会場に戻った。
その時に居たのが父・母・叔母だった。
叔父とB兄と叔母の息子たちは、上京している叔母の娘を新神戸まで迎えに行ったようだった。(昨日寝ていない叔父だけでは危ないからついていったようだ)

お通夜でもお葬式までに蝋燭が消えないように見張らなければいけないのが通例なのだが、過労によって倒れてしまう遺族もいるために、近年では一晩消えないような蝋燭を使うらしい(かがくのちからって、すっげー) それでも、A兄とB兄と叔父の息子の三人は火を見張って起きる役目を担ってくれた。(私は女の子ということもあって、家に帰ることを許されたのだ。)


『おじいちゃんの弟に、親族代表のスピーチを頼んだんだけど、「マニュアルがあるならやってもいい」と言ってくれた。
しかし、葬儀会社が用意しているマニュアルは、病気で長く苦しんだ末に亡くなった場合を想定したものになっていて、おじいちゃんに適さないんだ。
お前は文章を書くのが得意だし、マニュアルを作ってくれないか。』と父から頼まれた。そこで私は台本制作にとりかかった。ネットで色々な例文を検索し、参考にしながらとりかかる。
『おじいちゃんは多芸な人で、釣りや狩りや剣道もしていたし、昔小学校のバレーボール部を作って全国大会に導いたこともある。そういう部分を入れた内容にしてほしい。』と父から言われたので、それを意識して書く。
書き終わった後も、しばらくその場にいた。私と父と母が帰ってしまうと叔母だけが残されてしまうからだ。だから、A兄がA兄の嫁とA兄の嫁のご両親を送り届けてこちらに戻ってくるまでは居た。

A兄が来た後は私は父と母を乗せて車で帰る。運転手役を引き受けるためにお通夜の日もお葬式の日も一滴も飲まなかった。

書けた文章をワードに打ち込んだ後、父に添削してもらう。
話し言葉のようなくだけた感じのする表現を訂正してもらったり、
通例として『故人の生前同様、残された家族に対しましてのご指導・ご鞭撻をよろしくお願いいたします。』という文を最後の締め括りに入れなければならないのだと指摘されたので、その文章を足したりした。
これを祖父の弟に見てもらって了承してもらい、また葬儀会社の方にもおかしな点がないかどうか明日確認してもらう予定だ。

書けた後はお風呂に入り、眠った。